2011年5月25日水曜日

大願(その四)

 「法住寺殿では派手にやったな。盛遠」
と、頼政は柱に縛られている行者に声をかけた。
「縄を解いて下がれ」と頼政は供の者に命じると、
「知らせを聞いた時はこちらの肝が冷えたわ。」
「なんの、芝居の相方としてあれほど頼もしいお方
はおらなんだ。流石、今様狂いと呼ばれ諸芸能に
深く通じておられるだけの事はありまするぞ。」
と、肩や腕をほぐしながら行者は応じた。
「正に阿吽の呼吸といういうべきですな。」
「天性不当の物狂いと評判だぞ。ふふふ」
「わっははははっ」豪快に笑うと行者は真顔になり
「では予ての手筈通りに?。」
「うむ、伊豆に配流という事に相成った。」


 すでに根回しが済んでいる。平治の乱で生き残った
源氏の嫡流を護る事が、平家全盛の世の先の光明に
途をつけるだろう。


 「伊豆は物成りが貧しい土地故、苦労をかけるが…」
「なんの、それがしは神護寺再興という大望ある身、
み仏のご加護がない訳はありませぬ。それに
流す役も、流される先も頼政さまのご一族の
手の内故、追われる心配はありませんぞ。」


 今ここで、源氏の嫡流を盛り立てて行くことが
自らの大願の実現と、世の光明を見出す事に
繋がると、盛遠は何故か確信していた。
東国で修行していた事もあり地の理も心得て
いる。


「頼朝には顕幽両面の助けが必要じゃ。」
頼政は言った。
「よろしく頼みますぞ。文覚殿」


承安三年のある日。

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