2014年11月21日金曜日

この始末、どうつける?

 10月20日、立川は午後から雨。今季一番の冷え込み。
 境内の地蔵尊は未だ周辺環境の整備が始まっていない。
自分の反対意見が進捗を遅らせているとすれば心苦しい。
蜻蛉も安息の池が必要だろう。

 『ポゼスト(障害霊)を背負う智文を抱いたまま御宝前に祈り
続けている時、一つには八つざきにしても飽きたらぬポゼスト
の憎悪と、二つには夫・主管(註・当時私を、主管と呼んで
いた)が眼の中に入れても痛くない智文ー私にしても抱いて
愛撫する可愛さは主管と変わりはないのでありますがー
ポゼストへの憎悪と、何ものにも変え難い長男という情愛の、
二つを一つに持った智文を膝の上に抱かねばならない私の
胸の中は、自分で割り切れぬ切なさと、得体の知れぬ悲しみ
とが胸にこみ上げてくるのでありました。
             ---以下略---』
「一如の道・草取信仰」より

 応現院境内に参拝し、おおぞら地蔵様に手を合わせると
何故だろうか、上記が心に浮かぶ。
 私は藪内佐斗司氏が製作者に選定される経緯には納得して
いないが、実は地蔵尊そのものについてはそれほど拒否感を
抱いている訳ではない。むしろ薮内氏の芸術家としての個性と、
彫刻家・仏師としての祈りが良くバランスした傑作ではないかと
思っている。是非ご自身のサイトでも喧伝されたい。

 かつて親苑のご霊廟の仏塔を刻む際、製作を請負った
溝田童仙氏教団側担当者にこれを如何に刻むか質問した時

   「仏の世界」

との答えが返って来たそうだが、境内地蔵尊の周辺環境整備も
同じではないか。故に個我の主張の場にしてはいけない。また、
おおぞら地蔵様も真如のほとけとして刻まれたのだから、いくら
製作者であってもビジネスに供するのは肯定できない。

 一つここで提案しておきたい事がある。
境内地蔵尊は、両童子傘寿喜寿の祝賀の為、もう一つには
これが青年会60周年記念を祝しての荘厳でもある。よって、
おおぞら地蔵様周辺環境整備を如何様にするか、今週末に
催されるWORLD YOUTH FESTIVAL 60において、結集する
青年自身が決定してみてはどうか?。薮内氏がこれにどの様に関与するかも青年自身が判断する。関係各位は検討されたい。

 先のせんとくんへの批判に続き、今度は真如苑で同様な発言
をする私の様な存在が居た事に、薮内氏もさぞうんざりしているのではないだろうか。ここで私が問題提起したかったのは藪内氏
ご自身ではなく、藪内氏に地蔵尊の製作を依頼する教団内の
非民主的な経緯である。また、一庶民がこの様な大きな問題に
アプローチするにあたっては、身一つで赴いてもけんもほろろの
扱いをされるのが関の山であって、私にとって唯一確実に実行
しうる手段は、一つのハンドルネーム「名も無いまめぞう」にて
多くの発言を蓄積し、ネットの様なツールによってそこに自身の
人格を表現していく事しかなかった事を、どうかご理解頂きたい。

 最後に、おおぞら地蔵様、両童子様、苑主代表、
藪内佐斗司先生、顕幽の応現院境内地蔵尊建立関係各位の
皆様、千載一隅の祝賀の機会にこの様な記事を書いた事、
本当に申し訳ありませんでした。

                               南無真如

 

 

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