2011年3月20日日曜日

大願(その一)

「親父殿」
「なんや」
「慈悲とは何やろか?」


 忍辱山円成寺へ謹刻の大日如来像を納めた帰途、以前から
繰り返していた問いをまた、運慶は師匠でもある父に投げかけた。
まるで童のような問いに康慶は一瞬詰まったが…、


「奈良仏師の伝燈は総てお前に授けた。もう教える事はない。」
「えっ!?」


意外だった。奈良仏師の伝燈は成朝が継ぐとばかり思っていたし
いわば傍流の自分にその様な出来事があるなどとは…。
まるで、突然重い荷を背負わされた様だった。




 この仕事にかかってから、み像を納める今日までの一年近く、
それこそ真剣白刃の息詰るような毎日を御仏への祈りの中過ごし
て来た。今まではずっと父の助働きをしていたのだが、何故か
今回に限っては「最初から、全て、お前がやってみよ」という事
だったのだから。今までしてきた事を思い出しながら、少しずつ
手探りで進めていく。ものを切る、削る、刻むといった仕事は
油断がならない。仕損じれば、やり直しが利かないかもしれない。
かといって、迷いを生じれば刃を進める事は出来なくなる。だから
尚更時を費やす事にもなったのだ。刻み終えた時はごっそりと
それこそ精魂尽きたようだった。




 「この仕事を運慶への試しの場とする」


 大日如来像謹刻の話が来た時、康慶は即座にそう決意していた。
そして自分は刻む事意外の仕事(現代でいう所のマネジメント)に
徹し、運慶の仕事を今日まで見守ってきたのだ。刻み終えたみ像を
見て、康慶は自分の決断が間違っていなかった事を確信した。そし
て、台座蓮肉裏に「権実二類」の「実」の字を以って


 「大仏師康慶、”実”弟子運慶」


と墨書した。いわば御仏に対して


 「私、仏師康慶はこの仕事を以って、運慶を真の弟子と致します」


と述べたのに等しい。運慶を「真の弟子」と表沙汰に出来ない所に
康慶の苦悩があったのだが…。

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