2011年11月4日金曜日

一如まつり(2011)・タイ聖者奉迎式典

3・11のあの日から、ついに11・3の今日のこの日を迎えた。
本日は穏やかな曇り空。読経後1968年11月3日、発祥精舎
建立当時の願文を拝聴。敢えて現代文で記されている事に、
かえってそのお心配りを新鮮に受け止めた。ご瑞教。来年の
霊祖生誕100年のロゴが発表される。総本部境内でセレモニー
「帰命したのよ」のお言葉。


13:30過ぎ、洪水で未だ混乱の渦中にあるタイ国より
副法王であり、またワットパクナム住職であらせられる
ソムデッド・プラマハー・ラッチャマン・カラチャーン大僧正猊下
のご一行をお迎えしてタイ国奉迎式典が行われた。
1966年より仏舎利を奉戴してより現在に至るまで真如苑と
タイ・ワットパクナムとは現在に至るまで篤い交流が続いている。
出国も容易ではないのではと思われる状況下、遠く日本まで
お出で頂いた事に深い敬意と感動を覚えた。使節ご一行に
教団より義捐金を送る。猊下のお話から察するに、きっと下の
写真のような状況への対処にお使いになるのだろう…。

















余談…


前回ヤフー知恵袋の状況を記したが、当日の朝日新聞の記事
に、ネット口コミに関する問題があったので紹介しておく。真偽
がどうあれ、内容に相応しくない場所での発言は、返って混乱
を招くものと思う。


ネット口コミ サクラ暗躍

2011年10月23日日曜日

真如苑がカルトと呼ばれる訳(その7)

ヤフー知恵袋の状況について記しておく。


1、捨てID


質問回答サイトは、継続的な利用がされていれば、そのIDには
ある程度の発言の蓄積があるものだが、真如苑のトラブルを訴える質問者や、その回答者には、その発言をする為だけのIDがよく散見される。もともとヤフー知恵袋自体にその様な利用をするユーザーの存在も指摘されているので注意されたい。捨てIDについて「自作自演等の問題が提起されている。


実際に一個人が複数IDを持ち何らかの工作をする事も可能である。以下に回答者が質問者を名乗って発言した甚だしい例を示す。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1171874291




2、質問戦術


反苑家のとる戦術の一つで、教徒あるいは真如苑への賛成意見に対して、疑問を呈する形で発言者を自らの質問に誘致し論議を仕掛けてくる場合がある。(更に反苑家の自サイトに誘われる事も多い)ヤフー知恵袋のシステムからして、質問者に議事進行の管理権限がある事、彼らの主眼がいわゆる言葉狩りにあるので、まともに相手にすると空理空論に振り回される事になる。このような働きかけはブラックリスト登録によって無視する事ができる。




3、投票操作


真如苑を話題にした質問の内、多くの結論が質問者自身の意志ではなく投票よって選ばれている。このシステムそのものについてヤフー知恵袋のユーザー自身から「馴れ合い」「投票操作」の問題が提起されている。




最後に、以前方向転換でツイッターについて述べたのと同様、ヤフー知恵袋にも「違反報告ボタン」がありヤフー知恵袋のIDを取得していなくても使用が可能である事を記しておく。

2011年10月15日土曜日

聖地親苑荘厳 涅槃尊像奉安開眼法要(2011/10/15)

 明け方辺りから風が強くなっていたが、出掛ける頃には
雨も風も程よく落ち着いていた。応現院まで歩いていく。
応現院到着、境内は雨も止み人波が溢れている。ご奉仕
の誘導に従い、修行棟で着座。応現院が混雑しているのも
久し振り。


法要は親苑・第一精舎からの中継。開式、親苑境内
和太鼓演奏、メイン式場に御導師様ご入場、登壇者に
片山英一前教務長が…。読経が進むにつれて幕が
上がり本尊涅槃尊像の姿が明らかになる。願文奉読は
西川教務長補佐。総親様・両童子様のみ像の表情が
とても明るい。東日本大震災以降ずっと、暗く厳しいお貌
だったのが嘘のよう。振鈴、涅槃尊像が眼を覚ます。
読経後、御瑞教「真如教徒は現代の純陀」真澄寺御宝前
にて親部参座者に「青年を育てて下さい」絶えて久しい
境内バルコニーのセレモニーで「真如苑の未来は青年に
託します」なんだかこれじゃまるで…、いや、ここでは敢えて
言うまい考えまい…。


帰宅後、リニューアルした信徒サイトを確認。頼もしくも
あると同時に、託された責任の重みを感じた。今後この
ブログの方針も、これを踏まえて考えなければならない
だろう。

本日の出来事


http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111016k0000m040068000c.html


http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011101501000156.html

2011年10月6日木曜日

真如苑がカルトと呼ばれる訳(その6)

ヤフー知恵袋で発言しているアンチ真如苑を紹介しておく。



1、まさ氏


ヤフー知恵袋で自分達への反対意見者への、質問による
言葉狩り戦術を主に展開している。



2、緋色氏

http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/hiiroredred



http://hiirored.blog31.fc2.com/


http://hiiro-red-bord.bbs.fc2.com/



ブログ、掲示板の管理者ヤフー知恵袋でアンチ真如苑と接触を
持った教徒、反対意見を持つ人をこちらに勧誘する事が多い。
また、自分達への反対意見者への攻撃的言動が一番激しいようだ。





http://hannen.blog12.fc2.com/


上記のブログを下記のソニエリ氏と展開している。



4、ソニエリ氏


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/s2o0n1i0eri


http://ameblo.jp/sonieri-apple/


谷居氏・ソニエリ氏のブログでは、マインド・コントロールの手法に
ついても扱っている。彼らアンチ真如苑のネットでの発言にも、
このような手法が応用されているのかもしれない。

2011年10月2日日曜日

真澄寺山梨別院斉燈護摩法要・二日目

「第三の開眼」への重要な清めともなる、本年の斉燈護摩法要。
男女海外教徒で世界へ向けて執行するその二日目。


応現院帰苑、当日分で申し込む。日曜とあって参拝者も多く、混雑している。開式、入場、結界、願文、火点…。あっという間に終わってしまう。法要時間が短縮されてもう大分経つ。だから一言申上げたい事。法要が終わっても護摩が終わった訳ではない。法要後も護摩札への供養は続いているし、法要時間短縮によってむしろその重要性は増したのではなかろうか。現地で立ち会う機会のあった方は、会場内に居られる間、護摩壇の炎が燃え続けている間は、祈りを絶やさないで頂きたいものだ。


護摩といえば火の法要。で、思い出した事…。
今夏、震災被災地の陸前高田の松を巡る一連の迷走を鑑みて…、あくまで一般教徒の想像の話としてなのだが、仮にこの供養の話が真如苑に持ち込まれたとしたら、どうなっただろうか?。なんらかの法会が企画されただろうか?、それともこの斉燈護摩法要で…!?。


あと二週間…。


岩手の薪「五山の送り火」での使用を中止 


東日本大震災:陸前高田の松で供養と復興祈願--千葉・成田山 

2011年9月26日月曜日

真如苑がカルトと呼ばれる訳(その5)

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1170265641


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1267557592


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1070984470


教徒と結婚したものの、離婚まで考えるに至ったケースについて


1、宗教に対する態度


 元々本人が、宗教に対して無関心か、あるいは否定的な態度である事。21世紀の現代の日本人としては、ごく有触れた宗教への態度と思う。 正木晃氏は著書「現代の修験道」で明治維新以降の近代化政策や、日本の仏教・宗教研究が「宗派」や「哲学」に偏り、「民衆救済」や「修行」の研究が進んでいない事、その為に有識者がオウム真理教を正しく評価できなかった事が世論の混乱を招いた事を指摘している。 研究を基盤として確立される「教育」、有識者の発言を一つの起点として始まる世評、(そして、私見を付け加えればインターネットも)私達現代人の意識は常に様々な要素によって、知らず知らずのうちに意外なほど大きな影響を受けており、宗教観も例外ではない。こういったネガティブな波によって現代人の宗教観は既に大きく傷ついている。


2、核家族意識


 宗教観のギャップ、配偶者の人間性、配偶者家族の宗教への強い働きかけ等、後から見るとリスクが事前に充分に予期されているにも関わらず、何故か結婚生活に踏み切っている。
 言うまでもないが人間は一人で生きている訳ではない。どんな人間にも必ずなんらかの社会的背景がある。しかし、ここに挙げた人々は自分の築こうとする幸せを配偶者と自分だけの関係の中に限定し、自分達の周囲の問題に敢えて目をつぶったようにも見える。


3、生活上の不満


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1469677069


 真如苑の事ばかりでなく、より濃密な人間関係を求めようとする、自分より年配の配偶者家族との付き合いに疲れているケース。こうなると真如苑だけが問題とばかりも言えないようである。例え真如教徒の家庭でなくとも若年層、現役層からみて、過干渉なケースはいくらでも起こりうる。アンチ真如苑達の言う所の
「無断入信(本人の承諾なしの登録)」もこの延長線上で起こっている。上記に指摘した、「傷ついた宗教観」と高い個人情報保護・法令順守の意識を持つ若年・現役層がこの有様を見れば、激烈な忌避・嫌悪の反応を引き起こすのは当然ではあるが、ここにあるのは急激に変化した日本の有り様に完全に対応しえない年配層の姿でもある。こあのあたりの核心についてはまた次回以降としよう。








現代の修験道

2011年9月20日火曜日

真如苑がカルトと呼ばれる訳(その4)



http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/howmany_road


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/hiiroredred


 ヤフー知恵袋で発言する二人のアンチ真如苑。現代人らしい
合理的な思考を有している。


二人の共通点を上げる。


1、両親の行動を自分への被害と認識


 両者とも親が教徒だそうである。howmany_road氏はご両親の
言う事が理解出来なくなったとの事、何を言ったのか不明だが
おそらく親御さんの論理の飛躍が理解できなかったのだろう。
hiiroredred氏は親御さんの本人の承諾無しの登録をきっかけと
している。そこには、個人情報におけるコンプライアンス意識の
世代間格差が大きく存在している。


howmany_road氏の事情


hiiroredred氏の事情




2、合理的思考


特にここ最近、howmany_road氏は合理的解釈を希求しているようだ。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1170641981


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1171084686


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1071580495


hiiroredred氏についても同様の傾向がある。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1270737137


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1170754071


しかしこの合理的思考こそが、実は両氏の限界を規定し、迷わせているのではないだろうか?。そもそも人間は合理的な生き物だろうか?。その人間が構成する社会は合理的に動いているのだろうか、そして世界に「合理的解釈」を求め多くの時間と労力が費やされた事を忘れてはならない。宗教・信仰は、しばしば論理的には理解できない回答を導き出し、新たな境地へ人を導くものなのだ。


もしかすると、これが合理的思考の限界かもしれない。


合理的思考の限界!?




3、陰謀史観


人は受け入れ難い事象を目の前にした時、何をどのように求めるのだろうか?。「自分に理解し易い」答えを求めるあまり、しばしば入手した情報からそれを構築してしまう事があるのではないだろうか。


肉親が突如として自分に理解し難い言動を始める事で、恐慌をきたし、事の真贋を見極めがたい不安定な精神状態のまま関連情報に触れた結果、自らにとって一番受け入れやすい「真如苑はカルト」という仮初めの答えを導き出す事で、彼らは自分自身を護ろうとしている…。


真如苑は比較的最近まで、ネット上に自らの姿を表す事に非常に消極的だったし、東日本大震災直前まで「ネット軽視論」が大勢をを占めていた。そして現在でもネット活用の取り組みは緩やかだ。それだけにネット上には真如苑関連の、時には悪意さえ漂わすかのようなジャンク情報が溢れ、未だその姿が正しく顕されているとは言い難い。それだけに内田樹氏の指摘したような状況は、ネット上で真如苑を話題にした時には、特に起こりやすいのではないだろうか。


2011/9/13・朝日新聞・朝刊・わたしの紙面批評(内田樹氏)





理論が百年かかって橋頭堡を築いて
ようやく辿り着く地に
信仰の翼は一夜にして到る。



神様のメモ帳〈2〉 (電撃文庫)
説明を追加



2011年9月6日火曜日

聖地親苑荘厳 天地護法善神入魂法要

 8月下旬あたりから何気なしに強くなってきた、そわそわ
とした何か待ち遠しい気分が、9月の声を聞いた途端に
なにか勢いを増してくる。9月1日・防災の日でもある。
この日はご神体の御移送が行われた。そして9月3日に
東日本を直撃するとの予想もあった台風12号が高知県
東部に上陸。翌4日午前3時に日本海を抜けるも、広い
範囲に豪雨をもたらした。


 4日午前、地鎮壇鎮の儀。同時刻に応現院で行われた
施餓鬼法要に立ち会った後、親苑にお参りする。修法後の
後片付けだろうか、狭い弁才天堂の中に6人もの教団職員
が籠もって作業をしていた。そして午後から明日5日以降の
法儀の為のセッティング作業。テント、椅子、PA設備等が
準備される。


 翌5日、お清めの儀。立川の天候はまだ不安定。途中
物凄い勢いで豪雨になる。


 そして当日6日。式場は応現院、菩薩の間。3・11以降、
険しさを増した、総親様・両童子様のみ像の表情が、今日は
平常に復している。開式、読経が終わると、何故か訳も無く
ほっとした気持ちになって、涙が止め処なく溢れてくる。
震災以降張り詰めていた何かが解けていくようだ…。
 継主さまお言葉。昨日、修法時の豪雨について、
「和合への覚悟を問う仏意」と…。


法要終了後、帰宅。台風12号の被害報道。奈良・和歌山
で大変な豪雨を降らせ、台風13号と共に北海道にも大雨
を降らせている。人智を超えた自然の猛威に慄然とする
ばかり…。


ついに来月…。

2011年9月3日土曜日

真如苑がカルトと呼ばれる訳(その3)

 ヤフー知恵袋で回答していて気がついた事がある。
まずはこの二人。


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/howmany_road


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/hiiroredred


 彼らの質疑やサイトを見ると判るのだが親御さんが真如苑
に入会した事をきっかけとして彼らの活動が始まっている。
そして彼らの親御さんが、家族の為に良かれと思ってした
真如苑への登録が、本人の意思を確認せずに行われた事を
彼らは訴えている。


次はこの三人


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/suecco314


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/mukidasi_tie


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/tpeg58


三人とも、結婚相手の家族との関係に悩んでいると同時に
夫の家族が教徒である事を述べている。この三人を見ると
いわゆる「嫁と夫の家族の悩み」と、反苑家の主張する所の
いわゆる「真如苑被害」の問題が、非常に分かち難く結びつ
いているようだ。


ここまで挙げた五人に関して共通しているのは、真如苑との
接触のきっかけが、年配の血縁者が入信(していた)事である。


そしてこの二人


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/demicercle01


http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/koukannfoth


細君が、真如苑で精進を始めた事で家庭内に問題を抱えた事
を訴えている旦那さん。細君の態度には私も感心しかねるが
彼らの悩みは、女性が新たなイノベーションに目覚めた事に
戸惑う男性のそれのようにも思える…。


 どうも、家庭内の世代間闘争や日本社会の急激な変化
などが背景にあるのではないだろうか?。


現代の修験道


彼らについて気がついた事等も手がかりとしつつ、真如苑に
ついて次回以降、持論を展開していく事にしよう。


*真如苑に山岳修行はない事を併せてお断りしておきます。

2011年8月16日火曜日

河口湖燈籠流し2011(LIVE)

本年で66回目となる広島・長崎の平和祈念式典。
そして昨日の終戦記念日では東日本大震災からの
復興への誓いも併せて祈念された。太平洋戦争の
是非はともかくとして、亡くなった多くの人々から
託された未来というものを、現在、命ある私達は
確かに受け止めているだろうか?。


 2011年8月16日。AM11:00より真如苑の
真澄寺・山梨別院で水施餓鬼法要が執行され、
天災・人災、彼我戦争犠牲者、有縁無縁の諸霊への
廻向が修された。法要後、御導師さまのお言葉で、
本夕刻の燈籠流しに言及された。


PM18:15。USTREAMの河口湖灯籠流し2011
にて配信開始。ハワイの燈籠流し同様に、日本の
山梨別院においても、地域社会と燈籠流しを共有
する取組が数年前から始まっている。初めて観た
時は、この企画に集まった方々の、燈籠流しの趣旨
の理解度がステージからも伺える程だったが、回を
重ねての本年は、流石にその様な事は無くなった。


今年の五山送り火について。震災被災地より送られた
薪の使用を巡って対応が二転三転した背景には、
日本人が古くから持っている穢れの観念が、目に
見えない放射性物質への警戒心と重なった事が
多くの関係者の心の中で無意識の内に作用して
いた様に思える。


ソーシャルストリームが使用できなかったのは残念…。




公式HP


当日の模様











2011年8月6日土曜日

真如霊祖・湧祥法要

久しぶりの最高気温30℃オーバー。沖縄では台風9号
接近もあり、法要・行事の中止も決定している。本日8月6日は
広島で66回目の平和記念式典が行われ、今年の平和宣言では、東日本大震災による福島第一原発の事故を大きな背景に、日本のエネルギー政策の転換が訴えられた。震災以降真如苑
以外にも多くの宗教団体が被災地支援に取り組んでいるが、
原発については各々どの様に考えているのだろうか?。


7月19日の真如開祖・恒明法要と同様、本法要も関西別院にて、
祖山醍醐寺よりご来賓をお迎えして執行された。霊祖御親教、
「土台」の意味を日常に深め、行っていかなければ…、それが
日本の復興にもきっと繋がる筈。継主さまお言葉、震災支援への
祈りと援助へのお礼。湧祥の水が隅々まで届きますように…。


本日は地元立川でも駅前でお祭り。今年は震災復興支援の為
花火大会が中止となったが、それだけに祭りの賑わいが心地
よく感じる。今年を悔いなく過ごしてゆきたい…。

2011年8月2日火曜日

大願(その五)

「義父上、母上。今まで有難うございました。」
一条長成卿とその妻常盤の前に、一人の若者が伏した。
「義経殿。人と成られたな。いや、目出度い。」
「牛若、いや義経殿。おめでとうございます。」


「頼政様、誠に有難うございます。相国入道様のお沙汰で
仏門に入らねば成らぬ定めの所、人と成る事ができました。」
「いや、これも源氏の生き残りとしての務めの一つ。それに、
出立前にこれだけは済ませておかねばなるまいて。」
烏帽子親の源頼政が応えた。既に源頼朝を始め、多くの
源氏の遺児を救っている頼政である。
(そのまま行ってしまっては遠流と変わらぬからな。)
と、頼政は心の中で呟く。
「義朝公も慶んでおられよう。」


「奥州では、まず藤原基成様や資隆入道様の御母堂様を
尋ねるが良いだろう。」
そして用意してあった幾つかの文が義経に渡された。
「名残は尽きぬが時が惜しい。わが甥の深栖頼重が待っておる。」
頼政が促した。


「今日までのご恩は忘れませぬ。ではこれにて…」
「どうか達者で…。」
「くれぐれも、この事は内密にの。」
「心得ております。頼政様。」


 その晩、鞍馬山…。
「吉次か?。」
「はい、頼重さま。」
金商人の吉次が山門の陰から姿を表した。
出立に際し毘沙門天に参拝する。この山もこれで今生の見納め
かもしれない。そう思うと決して慣れ親しんだとは言えない鞍馬山
の闇深さも、何故か名残惜しく思われてくる。修行と勉学に励んだ
日々が懐かしく思い起こされる。。
麓に下りると、奥州行きの手勢が夜気に溶け込むように控えて
いた。
暗がりから微かに伺える手勢の面々のなにか狼を思わせる相貌と頭数気圧される義経。
「黄金を遥々奥州から運んで参るのです。この位は当然ですよ。」
頼重が僅かに得意げに答える。
「出立じゃ」頼重の声に、
「応!」手勢が低く答える。


(自らの前途に何が待ち受けているのか思いもよらないが、
かくなる上は、いつか必ず源氏の旗を掲げて見せる!。)
不安に負けまいと必死に心中に期する義経だった。


承安四年三月三日、源義経、奥州出立の晩…。

2011年7月30日土曜日

真如苑がネット活用を…(その1)

 真如苑のネットにおける新たな企画である


Web集会


について述べる。信徒サイトを利用している方なら
既にご存知の事と思う。教団の新たなインターネット
への取り組みの一歩として評価するとともに、現時点
における問題点を指摘したい。


①テーマの決定プロセス
第一回、第二回の対象者をある程度確定している様
だが、この企画のテーマは最初から確定するべきでは
ないだろう。企画のテーマは質問の投稿内容によって
自と明らかになるはずであり、それを事の最初から
コントロールしようとするべきではない。さもなければ
企画の方向性そのものが、教徒の置かれた社会的
実態とかけ離れたものになりかねない。


②投稿内容の尊重
著作者人格権の観点から、投稿内容の改変は非常に
好ましくないししてはならないだろう。不明な点はあくまで
質疑応答の過程で明らかにしていく。不適切な投稿内容
に関しては、問題点の指摘・訂正の勧告、甚だしい場合
には削除等で対応すべき。実は、総本部の地元である
立川にはこれと類似の運営方針をもったサイトである
「もしたち」があるのだが、利用状況を見る限り必ずしも
地域市民の支持を集めているとは言い難い事を指摘
しておく。


現時点での発表から企画内容を概観するに、Web集会


・ネット初心者を含めた幅広い層を対象とする
・企画の内容や動向を教団が制御しやすい


といった点が指摘できる。おそらくネット・リテラシーが高い
年代層ほどこの企画からは離れていくのではないだろうか。
もしかしたら、この企画は事務局内の意見の妥協の産物
なのかもしれない。一人の教徒と向き合うより教団の安泰
を重んじているのだろうか?。


信徒サイト一新はこれから。今後の動向を見守る。
合掌

2011年7月19日火曜日

真如開祖・恒明法要

 昨日から風が強い。ニュース等で台風6号
接近が報じられている。本日の法要は東日本
の電力事情を鑑み、大阪・高槻の関西別院で
ある悠音精舎で行われたが、折悪しく太平洋
を北上してくる、台風6号と鉢合わせした形に
なっている。あまりに大きい事象ではある。


 AM9:00。サッカー女子W杯で初優勝した
なでしこジャパンの凱旋帰国の模様が報道
される。まるで「嵐を呼ぶ凱旋帰国」と言っては
不謹慎だろうか。それ程のエネルギーを感じた
気がする。


 帰苑、雨も風も強い。濡れたカバンやズボン
をタオルで拭き、精舎内へ上がる。乾かない
衣服で絨毯の上に座るのは少々憚られるので
椅子席で…。


 本法要は、開祖の修行された祖山醍醐寺より
座主様の仲田順和倪下方のご来賓をお迎えして
執行された。読経、セレモニー、開祖親教、自分は
自らの体験を通じ、何を確立、何を伝えるのか…。
継主さまのお言葉。「つよいです。」
自分もそうありたい。


 AM11:52。立川市にも大雨・洪水警報が発令。
多摩川近辺等は注意すべきか。
 PM以降四国が暴風域に入る。ここから台風は東に
進路を取り近畿、東海、関東沿岸を通るようだ。
しかし、神回避…?。


http://www.jma.go.jp/jp/typh/110624d.html


 信徒サイト確認。修行予定の変更。台風の影響は
真如苑に限らず、既に広範囲に及んでいる。
 朝から反苑ツイッターが賑やかだ。 開祖の命日と
あれば無理もない事だが、これほどの大型台風が
接近しているのに、安否を気遣うような相手などは
いないのだろうか?。


継主さまの無事のお帰りを祈って。


合掌

2011年7月5日火曜日

真如苑がTwitterの世界に…(その3)

 4914人(2011年7月4日現在)。


 率直な所、フォロワーの総てが必ずしも教徒とは
言えない事を考慮すれば、@shinnyoen_info
の利用状況は教団の人員規模に比して非常に
少ないのではないだろうか。
以前も述べたがこのアカウントのフォロワーには
初心者が多い。また5月以降、フォロワー数の伸び
は非常に穏やかなものとなっている。


 もう一点。東日本大震災以降
にて法要の模様を伝えていたが、5/9の応現祭以降
その方法を限定公開動画としている。私の様にブログ
にリンクを張ったり、このような扱いが原因なのだろう
が、公開方式の変更以降、閲覧回数が激減している。
公開方式変更後の利用状況を下に示す。


法要日       アップロード日 閲覧回数 評価


2011/05/09  2011/05/11     5574         13


2011/06/09  2011/06/24     1273          5


 上記の閲覧回数と評価は(2011/07/04現在)。
ツイッターアカウントのフォロワー数と、Youtubeの
閲覧回数。この二点に表れているのは、


「真如苑全体のネットリテラシーの低さ」


ではないかと思うのだが如何だろう。
 重厚長大で小回りの利かない組織、高齢化、
開祖在世時(つまり昭和)の成功体験の記憶や
伝統を重んじる意識が、急激な世の中の移り
変わりへの対応を阻む。私の見た所、真如苑
が抱える問題は、日本社会が抱えているそれと
全く同じものである(この点については、また別
の機会に詳しく述べよう)。


 ツイッターに集中して話を進める。おそらく、
このままでは教徒全体のネットリテラシーは向上
しないかもしれない。対策を提案しておく。


①話しかけられたら応える。
まだ数は少ないが、@shinnyoen_infoの呟きに
リプライ(返信)する教徒がいる。もしかしたらDM
で個別に対応しているのかもしれないが、是非とも
呟きには呟きで応えて欲しい。@shinnyoen_info
にかける、内外に対して敷居の高くなった事務局との
間を繋ぐブレイクスルーとしての期待を裏切らないで
欲しいものだ(勿論総てに応える必要は無い)。


②公式RT
教徒アカウントは可能であれば、@shinnyoen_info
の呟きを公式RTして欲しい。RTには


「この呟きを支持する」


と言う意味合いがある。呟きを支持する事で自らの立場を
明らかにしてもらえないだろうか。


③オフラインミーティング
そうは言っても、匿名アカウントによるメッセージの
遣り取りには不安が付き纏う。ならば現実世界の
信頼関係を基盤にネットに取り組んではどうか。
その上で、ネットにおける真如苑の現状等を率直に
話し合う事の出来る環境を構築すべきと思うのだが
如何だろう。この点真如苑でのネット利用にはむしろ
FaceBookの方が向いているかもしれない。

2011年7月2日土曜日

真導院様成行感謝法要・聖地親苑荘厳・境内不動尊安座法要

 6/24になってやっと


教導院様定心感謝 聖地親苑荘厳・境内地蔵尊安座法要



の様子がアップロードされた。率直な所遅すぎる
と思う。私のような、法要の内容をレポートするブログ
を書く存在への警戒感を強めるのも理解できなくも
ないが…。


 電気使用制限令発令されてから、初めての
重要な法要。真如苑は、電気の大口需要家
当たる為、15%の節電が義務付けられている。


 計画帰苑の割当に従い、14:00から立ち会う。
本日は土曜日。勤務先が土日稼動の工場等の
場合、立ち会い損ねた方も多かったのではない
だろうか。


 今夏の法要が執行される毎に、両童子さまの
み像の表情が落ち着かれるように見える。
確かに今年の夏が、未来に向けての越えるべき
大きな山である事は間違いない。法要中、窓の外
から少々荒れ模様の天候が伺える。雲が厚く、風
も少々強くなっているようだ。日中で一番気温が
上がる時間帯。寧ろ、護法諸天の御護りと受け止
めるべきか。名字功徳品。「南無不動明王」三反。
セレモニー、先日の安座の様子などVTR拝聴。
ご瑞教、まず「お楽に」とのお言葉、そして「節電」
にも触れられる。大規模施設内において、各自の
振る舞いを、如何に節電に結びつけるかについて
考えてみるべきと思う。


この夏を越え、第三の開眼に向けてまた一歩。


合掌

2011年6月26日日曜日

大願(コラム1)

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110626/iwt11062613480000-n1.htm


http://www.47news.jp/CN/201106/CN2011062601000247.html




 被災した地元の方達にとって、とても大きな喜びをもたらした
事だろう。平安時代に天変地異や戦乱で当時混乱の極みに
あった奥州を統一した、奥州藤原氏・初代清衡公によって建立さ
れた中尊寺をはじめとする、


「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」


が本日未明、世界文化遺産に登録された。
 東日本大震災の震災復興支援という意味合いもあるの
だろう。正しく文字通りに、この決定が地元だけではなく
日本全国に「浄土の風、希望の光」の先駆けとなったようだ。


 中心となる中尊寺の貫主を務められた故今東光大僧正
津軽人の血を引く自覚から、自ら「東夷の沙門」と号し、奥州の
秘められた歴史を世に知らしめるべく「中尊寺」「蒼き蝦夷の血」
「奥州藤原氏の栄光と挫折」等を著されている。誠に残念な事に
奥州藤原氏四代の興亡を描く「蒼き蝦夷の血」は、今倪下の遷化
による絶筆の為、鎌倉幕府による奥州藤原氏の滅亡を描く事
なく、未完となっているのが惜しい限りである。そしてまた、
真如苑開祖・伊藤真乗教主親交が篤く、1976年11月に
開祖謹刻の涅槃像が中尊寺に送られている事を記しておく。


 震災以降、その復興支援に取り組んでいる真如苑であるが
その立創当初からの本尊である、大日大聖不動明王像には、
「寿永三年(一一八三)運慶作」「静岡県韮山町・願成就院の不動明王像との関連」についての伝承が受継がれている。この、
願成就院は文治五年(一一八九)に、源頼朝の奥州藤原征伐の
成功祈願の為、頼朝公の岳父北条時政公が建立し、その諸像は
文治二年(一一八六)に刻み始められた事が判明している。
二体の不動明王像にどの様な関わりがあったのか?。総ては
時の彼方のヴェールに覆われ、今となっては判らない。
 平泉に都を開いた奥州藤原氏にとって、それを灰燼に帰した
源氏・北条氏建立の願成就院は怨敵の寺という事になろうか。
 奥州藤原氏の仇との関わりの伝えられる不動明王像を、本尊
として祀る真如苑が、貞観地震以来の震災に襲われた奥州東北の地に先頭を切って手を差し伸べた事が、「単なる行きがかりと
思えない」と言ってしまっては思い込みが過ぎるだろうか?。


 そして、 治承の兵火によって、拠点となる奈良の興福寺や
東大寺を焼失した経験を持つ運慶にとって、自ら刻んだみ像を
通じて、み仏の功徳を憑みにした人々が、奥州・平泉の都を
灰燼に帰せしめたという事実がもたらした衝撃、悔恨、苦悩は
如何ばかりの物だったのだろうか…。


中尊寺公式HP

2011年6月16日木曜日

真如苑がカルトと呼ばれる訳(その2)





 ①については、現在閲覧する事ができない。反苑活動家であるソニエリ氏( @DsI_2010_neo  sonieri-pple s2o0n1i0eri )の
三つのアカウントが同一人物であるかどうかの確認と、その活動の動機となる「体験」について当人に質問したものだが、得心のゆく回答が得られなかったので、ベストアンサーを決定せず放置しておいた為、削除されたものと思われる。②、③は各々おそらく私の質問に触発されたものだろう。まるで

「反苑教の教祖」

でもあるかのような振舞いを見せるソニエリ氏だが、これらの質問に共通するのは「ソニエリ氏自身への関心」であって、「ソニエリ氏の説について」ではない。ソニエリ氏が自らを被害者と位置づけ訴え続ける以上、その実態を客観的に明らかにする事は絶対に必要なプロセスである。しかしこの一連の質問回答においてソニエリ氏は自らの「論拠」(書籍・掲示板等)は明らかにしたものの、自分自身については明確な答えを出していない。③に至っては他の反苑活動家共々、この点に触れられる事を過剰なまでに避けている様でもある。(こういうとまた「上から目線」のなんのと賑やかなのだろうが…)

 今後もソニエリ氏は自分自身について語る事なく、他の反苑家に護られながら反苑教(人間不信教とでもいうべきか)の教祖で
在り続けようとするのだろうか?。

それと、最後に…

コピペ?、それなあに?、美味しいの?。

2011年6月12日日曜日

教導院様定心感謝 聖地親苑荘厳・境内地蔵尊安座法要

 昨日よりのIPv6DAYが法要開始2時間前に
終了。こじつけのようだが、インターネットの
新たな時代への先駆けが、本法要に対して
こんなタイミングで始まる事に、新たな変化
への鼓動を感じる。


 東日本大震災以来、険しいばかりだった
教導院さまのみ像の表情に変化が…。
なにか涙を流されているようにも見える。
 法要。何故か悲痛な、継主さまを見つめる
真玲さま。ご親教。当日の親苑境内の様子、
5/31の安置作業の模様。カメラにあれほど
はっきりと彩雲が写っている。ご瑞教では
「教苑成行感謝・石のお不動様安座法要」
の記念品についても触れられた。


何があっても、静かに立っているお地蔵様。
錫杖一本で何処にでも赴かれるお地蔵様。
総ての衆生が救われるまで、そこで待って
おられる…。


第三の開眼にまた一歩…。




2011年6月2日木曜日

ハワイ燈籠流し2011(LIVE)

 5月28日、正五九のお護摩の日。
御導師さまは既にハワイに出発の為、
当日の火点は西川教務長補佐によって
行われた。


 5月29日、ハワイにて水施餓鬼回向法要。
日本時間AM9:00より。併せて自宅で読経
に取り組む。


 5月31日、ハワイ燈籠流し当日、そして立川
では、工事の為に立川駅北側にある応現院に
お移り頂いていた二体のお地蔵様に、元の場所
にお戻り頂く工事が行われた。すると…。








 天界の荘厳。総てを救う大み心のあらわれ
なのだろうか。


 13:30、地元CATVのインターネット配信で
現地の様子を拝する。ハッシュタグ   
で、このイベントについてのツイートを検索する事
ができる。通常真如苑で行われている法会では
とてもできる事ではないが、イベントとして一般公開
されている事でもあるので、動画配信を見る事の
出来ない方達の為、ささやかながら実況ツイートを
試みさせて頂いた。


 ハワイ燈籠流しは既に真如苑だけのものでは
なくなっている。ちょうど立川市が真如苑だけの
ものではない様に。メモリアルデーや9・11を背景
の一つとしてはじまったLanternFlaotingは3・11を
経て、より多くの人々にとって、より大事なものに
なっていったと思う。


当日の様子はこちら


イベントホームページ



2011年5月25日水曜日

大願(その四)

 「法住寺殿では派手にやったな。盛遠」
と、頼政は柱に縛られている行者に声をかけた。
「縄を解いて下がれ」と頼政は供の者に命じると、
「知らせを聞いた時はこちらの肝が冷えたわ。」
「なんの、芝居の相方としてあれほど頼もしいお方
はおらなんだ。流石、今様狂いと呼ばれ諸芸能に
深く通じておられるだけの事はありまするぞ。」
と、肩や腕をほぐしながら行者は応じた。
「正に阿吽の呼吸といういうべきですな。」
「天性不当の物狂いと評判だぞ。ふふふ」
「わっははははっ」豪快に笑うと行者は真顔になり
「では予ての手筈通りに?。」
「うむ、伊豆に配流という事に相成った。」


 すでに根回しが済んでいる。平治の乱で生き残った
源氏の嫡流を護る事が、平家全盛の世の先の光明に
途をつけるだろう。


 「伊豆は物成りが貧しい土地故、苦労をかけるが…」
「なんの、それがしは神護寺再興という大望ある身、
み仏のご加護がない訳はありませぬ。それに
流す役も、流される先も頼政さまのご一族の
手の内故、追われる心配はありませんぞ。」


 今ここで、源氏の嫡流を盛り立てて行くことが
自らの大願の実現と、世の光明を見出す事に
繋がると、盛遠は何故か確信していた。
東国で修行していた事もあり地の理も心得て
いる。


「頼朝には顕幽両面の助けが必要じゃ。」
頼政は言った。
「よろしく頼みますぞ。文覚殿」


承安三年のある日。

2011年5月15日日曜日

体で解かる

 早いうちに別の道に進んだ自分にはもう
選ぶ事の出来ない道だけど、振り返って
みると、こんな道にも進んでみたかったと
あこがれる、飛鳥の工人の伝統を継ぐ
宮大工の世界。


 かつて私が身を置いた職業も、職人の
世界ではあったが、より、時代の変化の
影響を大きく蒙っていた。私自身は決して
優れた職人ではなかったが、それでも、
その職場に満ちている空気を一つの糧と
して、自分をより良く変えていく事が出来た
のは間違いない。


修行(職人さんの場合は修業)という体験を
通じていかなければ判らない世界がある。
それは、きっとサーバにどれだけの容量が
あっても表す事などできないだろう。


棟梁 小川三夫


木に学べ

2011年5月14日土曜日

応現祭併せて真如慈救無量会

暑い位の日差しに、爽やかな風。
GW明けの初日は摂受心院さまの
白寿の誕生日。普段の親不孝が
いつもより身に染みる…。orz


昨日5/8の法要でも「節電」のお言葉
があったが、今日はどうだろう。

法要後のセレモニー。感謝の言葉。
言上者、震災・原発被災地には、
「心が痛む」「心が軋む」との事。


ご瑞教。
「利他作善に取り組んで行きましょう」
との事、明年の応現祭にむけて。

誠に残念ですが、今回の法要については
非公開との方針が打ち出されました。