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2022年3月1日火曜日

これからの「在り方」②-2022真如特別法要~法前供

 よりによって、今年のこんな日に…

こんな事が起こるなんて…

 こんな事が起こるなんて、十年前のあの日には思いもよらなかった。ただ「心を残してきました」なんておっしゃっていたとの伝聞があったので、苑主代表には何か予感があったのかもしれない。事実、このわずか二年後の2014年、プーチン大統領によるクリミア半島のロシア併合が行われている。そして昨年後半からの不穏な動きが現実のものとなったのが、今年の真如特別法要(2/24)だったのだ。2022年二月の最後の週末、ロシアのウクライナ侵攻に国際社会は驚愕と反発を強めつつ、事態収拾の方途の模索が始まった。

 真如苑は、本日(2/28)の法前供において、戦乱の早期鎮静を祈念し、人道・医療への緊急援助として2000万円の拠出を発表した。

 最初に真如特別法要を紹介した時、自分はこれを日本の天皇制との関連でとらえていたのだが、昨年の二月下旬に語られた、苑主代表が夢で開祖と共に法要の修法を行い以心伝心で指導を承けたという話を聞くに、この法要の持つであろう潜在的な意味合いが一つ見えたような気がする。開祖の最後の法要が昭和天皇の追悼だったのは、確かに間違いのない事実である。開祖はこの真如三昧耶流創立の過程で、真言密流相承にあたり、日本の霊的伝統にその身を深く鎮めるが如くに関わらせたのでは。だからこそ後継者たる苑主代表は、開祖を土台に世界に飛躍する事ができたとは言えないだろうか。その上で、文字通り世界平和を目指した開祖が、苑主に伝えようとした核心が、この真如特別法要に内包されているのかもしれない。

 思えば、開祖伊藤真乗の遷化と期を一にして、ベルリンの壁崩壊~東西ドイツ統一・冷戦終結と、伊藤真聰苑主の在位が始まってから三十年余り、昨年行われた総本部の新第二精舎起工式より、教団後継・鳥飼尚之氏の姿が頻繁に見られるようになり、昨年の今頃の苑主代表の御不例など思い起こすに、緩やかな教苑の世代交代の進行と同時に、2020米大統領選や、香港等における民主主義的自由と国家の権威の対立、などに観られるように、まるで二十世紀初頭のスペイン風邪の世界的流行のような新型コロナのパンデミックを経て、世界もまた新たな分断や昏迷、そして戦乱?の時代に入っていくかのようにも見える。

 このような新たな社会環境に、真如苑も無関係ではいられない。中国関係への伝道への注意が教団内部で公式に出されているし、その他教団支部を置く地域でも政情の不安定さにパンデミックが絡んで騒然とした様子が見える。

 地球上には、古代インドや現代自由主義諸国のような、自由な思想や表現が許される地域ばかりではない。歴史を紐解けば、空海が遣唐使船で渡った当時、中国は巨大な律令制国家・唐の爛熟の時代にあり、当時の祖師達は、密教の反社会的と見られかねない要素の取扱いに細心の注意が求められたらしい。

密教

 真如苑が真に世界的普遍宗教を目指すなら、権威主義的国家と向き合い、そういった国の人々と、どのように接していくのか、避けて通る事はできない問題だろう。

南無真如 

2021年3月19日金曜日

web配信拝聴メモ②-2021/3/08 弁才尊天供・法憧

  東日本大震災から10年…。

 去る三月八日、弁才尊天供・法幢において、真如苑の救援ボランティアSeRVの東日本大震災の災害者支援への歩みを紹介する特集記事が、文芸春秋2021年4月号に掲載される事が発表された。SeRVのHPは言うに及ばず、既に公式サイトでも周知され、文春オンラインでも閲覧する事が可能だが、ネット対応の不得手な世代への対応だろうか、教団ではこの記事の抜き刷りを、ご丁寧に今月の総部会等で配布するとの発表まであった。

文芸春秋2021年4月

 自分も、このブログとツイッターを始めて、同じ年月が経った。だが、今まで自分はどれ程の事をなしただろうか…。

 だが、今回の起稿は、記事の紹介や10年間の回想の為ではない。株式会社文芸春秋といえば、その週刊誌「週刊文春」は、俗に文春砲などと呼ばれるスクープ記事で、世情を震撼させ、この新型コロナ緊急事態宣言下にも、時の首相のご子息が絡む、利害関係者から監督省庁への高額接待の実態を明らかにした事で、今国会を紛糾させ、世間の耳目を集め、時の政権を苦しい立場に追い込んでいる。

 もう、記憶している教徒はまずいないと思われるが、昨年、この週刊文春の、あるコラム記事を題に取った法幢があった。詳細は別に譲るが、この様な出版社と真如苑が、果たして、単なる「ジャーナリストと取材対象者」の枠に収まるだけの間柄なのかどうか、自分には、どうも疑問の余地が残る。

南無真如





web配信拝聴メモ③-2020/4/24 霊供・法憧

    話は、昨年の緊急事態宣言下、4月24日廻向法要にさかのぼる。この日は明日4/25の苑主代表の誕生を祝う式典(当然帰苑教徒などなくウエブ配信オンリーだが)を控えてか、特に苑主の導師にて法要が営まれた。

この日の法幢が、眼を瞠るものだった。

 まず、尺が長い。大抵の法幢は、法要の時間全体のバランスを考慮してか15分程度でまとめられる事が多く(おそらく一定のルールがあると思われる)、この日に限っては何故か25分。重要な伝達事項でなければ、こういった時間延長は最近はあまりない。

 にもかかわらず、飽きずに聴いていられたのは、教団の企画・広報部門に所属する、この法幢の担当職員の、内容の詰めと、語り口の巧みさ、そしてその意味する所に思う所があったからだ。

 とある週刊誌のコラム(都下の小売店舗のベテラン販売員の、客を和ませる声かけ)を題に取り、一般教徒では日頃接する事のない、苑主代表の人となりを紹介する内容だったのだが、自分には聞き捨てならないセリフがあった。

「このお兄さん、真如教徒だったんです」

「真如苑すごいでしょ」

他にも、話の導入で、最近の自分の仕事を

「朝から晩までインターネットでコロナ漬け」

などと評していたのだが…

 気になったので、件のコラムの掲載された号を入手したのだが、更に首をかしげる点があった。件の記事にはこの店が「何を」扱っているかは記されていたが「何処の」店かは記載されていない。にもかかわらず、法幢ではこの店が「何処の」店かがはっきりと述べられていた。これはどういう事か?。いわば、一片の週刊誌記事から、一般教徒を特定する事も、現在の真如苑には可能という事実を示す事に如何なるメッセージがあったのか?

 教団事務局の企画・広報といえば、クリスティーズで大日如来像落札の際、現・西川勢二教務長が、総合企画部長として在籍していた事が思い出されるが、「表」の法要や式典、参拝行事の企画の他に、教団の調査・インテリジェンスを担う「裏」の姿が、この法幢から伺う事ができるように思う。

 さて、この三月、東日本大震災から10年という事で、教団の災害支援活動が文芸春秋で取り上げられたのは前の投稿で紹介したとおりだが、たとえ取材対象の法人がある程度特定の人々にだけといえど、自社の出版物の抜き刷りの無料配布を許可するというのは、やはり破格と見るべきと思える。文春オンラインなどの代替手段もあるというのに…。

 上述した様な法幢を見るに、株式会社文芸春秋と真如苑の良好な関係が単なる

「ジャーナリストと取材対象者」

の域にとどまらず、調査・インテリジェンスといった上での協力関係に及んでいると見るのが正しい様に思う。



南無真如

2021年1月12日火曜日

web配信拝聴メモ①-2021/1/11 正輪会・法憧

  委縮して欲しくない…

多分、そんな所だろう。親苑のある立川市を含む一都三県への緊急事態宣言発出や、前回の投稿への、教団からのメッセージとして、この法憧(真如苑では法要の際、教団職員が語る、一般的に言う法話。担当職員により内容は様々、時事や教団の動向、体験談などを交え多岐にわたる)を一言で表すと、こんな風に思える。今回これを語った企画・広報所属の職員は、新型コロナ・政府分科会の尾身会長の「正しく怖れる」という発言を引用、現在教苑活動において感染者は出ていない事を述べ、最後に苑主代表の言葉の深さをわかって欲しいと締めくくった。

 昨年の緊急事態宣言解除以降、真如苑は感染予防策を実施の上活動を再開、定例法要や大祭のweb配信の実施、リアルの修行の完全事前予約化(現在、予想される参座者の人数によっては予約なしでも参座できる場合もあり)により、感染者が出た場合の追跡・連絡体制の強化、依処における、3密など感染リスクの高い行動の回避は勿論の事、読経は全員黙読を徹底、参座は前後左右に1互いに1m程度の間隔を空ける等の対策を実施、以前提言した団参の中止や家庭集会のオンライン化も行われている。

感染対策を徹底し、感染拡大に歯止めのかからない社会状況において、宗教団体としてここまで活動を継続してこられたのは、各位の取組みとみ力の和合の結集と思う。


 だが、この取り組みを継続するだけで良いのか…。目下、毎日4ケタ台に上る感染者が検出され、日々、日本の医療体制を押し潰さんばかりの、国内における爆発的感染は元より、感染力の強化や、開発中のワクチンの効果が疑問視される、数世代以上の感染を経由して変異したコロナウイルスが、既に日本に上陸したとみられる現在、今後も活動の継続を目指すならば、むしろ依処の中の方が安全と言えるほどの対策を目指すべきではないだろうか?。現代の建築で造られた真如苑の施設において、感染症対策における最大の弱点を上げるとすれば多分、ハメ殺しの窓による「換気の不自由」ではないかと思う。


 コロナ禍による不況が叫ばれ久しい。失業者は確認されるだけで200万人を越えると言われ、感染拡大の主たる原因と目された業種を中心に、経営力や継続の意志を枯渇させ倒産する法人が後を絶たない。おおっぴらには発信されていないが、真如苑も活動人数の制限による減収や、感染予防対策の費用負担の重さに追い詰められつつあると見るべきだろう。個人レベルでは厳しい警告を提言してきた自分だが、勿論、教苑各位の委縮を目的としていた訳ではない。新春、苑主代表から、目下改築中の発祥第二精舎の今秋の落慶が発表されている。各位和合で一つに、ここを目指したい。


南無真如





2021年1月7日木曜日

これからの「在り方」ー 間章

 こんなに、次を書く事を躊躇った事は今までなかった。今までは、着想が浮かべば、どこか熱に浮かされたように、一気呵成に書き上げるのが常だったのだが…

挙げられる理由は多々ある。実は、前回の投稿直後、体調を崩し発熱、一週間寝込んだ事。昨年の二月、現在ほどPCR検査を自由に受けられなかった事を思い起こして頂きたい。報道されたような後遺症もなく、身近な人々にも感染者が出なかった所を見ると、さいわいコロナではなかったようだ。万が一炎上でもすればタダでは済まないテーマの重さと大きさに、委縮もしたし、法要のウェブ配信拝聴で、教団施設の閉鎖の決断を「…と頂きました」と述べた時の苑主代表の表情が、一瞬だが、しかしはっきりと苦渋に曇っていたのを見た事。何故に、新シリーズを『これからの「在り方」』などという、大上段で器に余るタイトルにしてしまったのか…。

だが、やはり一番大きかったのは、世界中の宗教施設での集団感染の報道、政府経済対策による感染拡大や、第3波における家庭内感染の増加など、そして、パンデミック以前の世界には、もう戻れないかもしれない可能性について、感染症について素人に毛が生えた程度の浅学非才の自分が、時が経つに連れ、投稿を読み返す度、むしろ正確に事の推移を予測していた事が明らかになって来た事にある。まるで自慢の様に聞こえるが、そんな心算は毛頭ない。


『…「我、汝の飲食供養は受けない。しかし一切衆生を安穏にせんとするために、汝が説くその神咒だけを受けよう」…』(大般涅槃経序品より)

 昨年の寒修行の期間中、中国発新型肺炎上陸の報道を横目に、拙い祈りの中に危機の予感を感じつつ、相変わらず動きの見えない教団の動向を注視、無い知恵を振り絞って、教団の社会的信頼の失墜を防がんと、おそらくは初めて純粋な護持の信にたっての投稿だったが故に、み力を頂き、この様な結果になったのだと思う。昨秋発刊の教団の機関誌である歓喜世界262号には真如立教祭前日に初の対策会合をもったとあり、その後の参集活動自粛、第一波の教団施設閉鎖といった経緯は衆目の知る所だが、しかし重大な意思決定プロセスの最中であろう2/14に、ウェブログという、外部にも容易に目の触れる形での提言がなかったら、教団の中枢ではどの様な選択がなされていただろうか?。

『…私たちは、この婦人教徒の言葉には半信半疑だったのである。だから全面的に肯定できず、お宮詣りのことにも、真導院に対する扱い方にも、婦人の言葉をそのまま行っていなかった。ところが、お宮詣りが済むと間もなく、摂受心院は床についたきりで容易に起き上がれないばかりか、生まれて間もない真導院も、消化不良に陥ってやせ細るという事象が起こった…』(「一如の道・究道篇・第三章・二、真導院の誕生」より)

 第一波終息の兆しが見えるやいなや、緊急事態宣言は解除、これに合わせて教団も依処における感染症対策を施しつつ徐々に参集活動を再開した。また、国内においては衰退した経済を復旧させんと、早々に様々な経済対策や規制緩和が行われた結果、首都圏を中心に再々度の感染拡大を招き、医療体制は危機に瀕し、三が日明けより一都三県の知事が連名で緊急事態宣言発出の検討を国に要請、本日発出となった。昨年後半より、感染者数が日々増加する中、世論には緊急事態宣言を待望する声が高まっており、専門家が「首都圏は感染爆発相当」と評するほどの事態に至っての発出は、感染症対策の点では最早遅きに失したと言わざるを得ず、明日より一か月での期間で収束させる事も至難の業と言われているが、



発出への動きから予定の緊急事態宣言の期間(1/8~2/7)が、またもや、真如苑の寒修行の期間をすっぽりと収める奇瑞が起こっている。予定通りなら2/8の真如立教祭には、一定の結果が出る運びである。信徒サイトには1/4付けで、緊急事態宣言中も感染症対策を行いつつ活動を継続する旨広報されているが、日々感染者数や重症者数が過去最多を更新し続ける上、変異して感染力を増したウイルスの上陸まで確認されている中、これはハイリスクな選択であり、万が一依処で集団感染でも発生しようものなら、教団の社会的信頼の甚大な失墜は免れないだろう。職員や帰苑信徒を問わず、最近、依処の人々の様子を見るに、み力を信じるが故の緩み切った姿には不安を禁じ得ない。はっきり言えば個人レベルでの感染症予防は、真如マナーである。だがしかし、政府分科会の尾身会長が言う所の「行動変容」個人レベルの行動の変化を促すにあたって、教団職員各位は適切にリーダーシップを発揮しているだろうか?。この国では、相手の言わんとする所を真正面から受け止め、誠実に返答するコミュニケーションと、言行一致が無かった事が、現在の感染爆発を招いているのではないだろうか?。教団一丸となって護法の祈り持ち、この真剣白刃の取組みの先を明るく見て、今年の寒修行に臨みたい。


南無真如

 

2020年2月14日金曜日

これからの「在り方」①-2020寒修行を振り返って

 昨年暮れより、中国で猛威を振るっていた新型ウイルスが、既に日本に上陸していたことが、昨日ついに誰の目にも明白なものになった。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200213/k10012284621000.html

 これに先立つ先月、信徒サイトを見て唖然としてしまい、思わずこんな返信をしてしまったのは、フォロワーさんだったらご存知の事と思う。

https://twitter.com/NamelessBean/status/1222487528730550272

 詳細は差し控えるが、当時、件の1/31付け信徒サイトの冬期感染症への注意を促す記事が、インフルエンザ等既存の感染症のみを想定していたものだった事(現在は2/7付け第二報となり、新型ウイルスを想定した内容に更新されている)から、一言申し上げさせて頂いた次第。

 実は、非常に危険だったのではないか…。真如苑の発祥は開祖霊祖が12/28に運慶一刀三礼の作と口伝される不動明王像を迎え、三が日が明けて2/3の節分までの寒三十日の修行を以て、その嚆矢としている。それにならい12月を「出発の月」とし、1/20~2/8のこの時期を「立教の原点」とし、真如苑では毎年寒修行が行われている。

 この真如苑の現在の寒修行の期間は丁度、中国の旧正月、春節を含むものになっており、期間中は聖地親苑のある立川市を、アジアを含む様々な地域からの海外教徒も頻繁に訪れている。

  発生地、中国・武漢での異常は昨年暮れから既に報道されており、春節の時期は長期休暇による里帰りや旅行など、多くの人々の国際的な長距離の移動がある事から、この新型ウイルスの世界的大流行の引き金になる事が、年初から明白に予想されていたにも関わらず、件のウイルスの、不顕性感染や2週間に及ぶ長期の潜伏期間、肺の奥に病巣を作るなど、既存の感染症と比較して発見しにくい特性、WHOを始めとして感染への国際的警戒態勢へのコンセンサスの乱れ、当初既存の感染症と比較して毒性が比較的低く、専門家の警戒心が喚起されにくい等の諸要因から国際的感染を許す結果となり、この煽りと(おそらく発生国の情報発信への懐疑バイアスから)日本においては不徹底な水際対策と初動の遅れから、現在、国内において既にヒトヒト感染が進んで居る状況となっている。感染拡大が新たな段階に入った事を認めざるを得ない。

 真如苑に限らず、多くの宗教における法儀や法会というものは、

①可能な限り多くの人々を一カ所に集め、
②揃って聖句、声明、読経、歌、詠唱などを行い

場を荘厳していくことは昨年の東京ドームのミサなどを観ればよく理解される事と思う。


 感染症の観点からは上記①②はそれぞれ

①濃厚接触、あるいはそれに近い状況(接触感染)
②大きな呼吸(飛沫感染、空気感染)

のリスクが想定できると思う。真如苑では概ね、公的機関の発信に沿って、教徒の自主性によって教団活動への参加の可否を判断するよう広報されていると同時に、苑主代表より寒修行中の1/24付け瑞教にて「三大祭(それぞれ3/28、5/9、11/3)と済摂会を報謝実践と帰苑結集の目標に」「家庭集会(信徒の家庭などプライヴェートな空間で行われる小規模な会合)の充実」が打ち出されているが、未知の新型ウイルスが猛威を振るう世相に、元々法会自体が持つ上記の感染症リスクを想定した時、これらを旧来のまま実施する事は、どう考えても無理がある。

 現状、実施できそうな解決策は2点
①親苑を含む、別院級精舎への団体参拝の禁止、教徒を大多数に一カ所に参集させる取り組みを止め、各所在地における依処(教団施設)での分散した取組みに限定する。件のウイルスの国際的流行が、春節の大移動によって引き起こされた事を考慮し、教苑活動自体が更なる流行の媒体となる事は絶対に回避しなければならない。
②家庭集会へのネット活用
比較的見知った顏同士とはいえ、感染症対応において個人のプライベートな空間は最後の砦とも言える。持病があったり、介護を必要とする高齢者、乳幼児が同居している居宅に、普段より多くの人を招き、新型ウイルスを持ち込んでしまう愚は避けなければならない。プライヴァシーを安全に保てるネットコミュニケーションアプリを最大限活用し、リアルタイムなつながりそのものを最大限維持する事に取り組むべき。

 地球温暖化・気候変動の問題が叫ばれて久しいが、その影響の一つとして、感染症の拡大が懸念されている。この様な感染症の大流行が今後もまた起こりかねない事を考えると、21世紀の宗教における参集の新たな在り方を探るべき時に来ているのではないだろうか。真如苑が普遍宗教を目指すなら、避けては通れないテーマだろう。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf

                      南無真如

2017年9月29日金曜日

慧燈応現法要⑤ ー並立の詳細②ー

 前回に続き、讃題と常住讃の関係を整理しておく。
夫々の描く三角形の頂点の対比は以下の様になる。

  讃題   常住讃

① 仏  ⇔ 開祖・霊祖・両童子
② 法  ⇔ 真如三宝
③ 僧  ⇔ 聖地親苑

 ①と②について、それほど説明の必要はないと思われる。
注意すべきは③だろう。通常「僧」といえば「人」であり、
「僧伽」といえば「仏教教団」を指す。にも拘らずここで
「場所」が対比されている。
 上図「僧」の下段に(教苑)とした。開祖の讃題における
三宝一体の理の教導には、「僧」の意味で「教苑」とある。

「…法に依りて、人に依らざれ
  義に依りて、語に依らざれ
  智に依りて、識に依らざれ
  了義経に依りて、不了義経に依らざれ…」
大般涅槃経四依品より

 一貫して「親苑帰一」を打ち出している苑主代表には、
人の集団・組織ではなく、それらが活動する場所である
聖地や依処をも含め「教苑」との認識がある様だ。
 常住讃ではこれを更に一歩推し進めて

僧伽(僧団)⇒教苑⇒聖地(親苑)

教苑というキーワードを介しての積極的トランスレーション
が読み取れる。前々回において人間集団が本質的に抱える
問題が宗教団体においても同様である事を述べたが、こう
いった認識に立つ限り、教団が人と仏を繋ぐ紐帯であり続
ける事は不可能である。苑主代表はこの問題を「教苑」と
いうキーワードを介し、常に過ちを犯し続け信頼を損なう
「僧(伽)」を、霊意によって定まり、開祖霊祖とこれを
慕う過去多くの人々の祈り行いの集積が今も凝結し続ける
「聖地親苑」に換える事でブレイクスルーしようとしたの
ではないだろうか。

 人々を、教団組織に執われる事なく、開祖霊祖・両童子
に、より直に深く強く繋げていこうとする、苑主代表の
祈りの結実が常住讃と観ずる。

                 続く

 








2017年9月21日木曜日

慧燈応現法要④ ー並立の詳細①ー

 苑主代表の選択の結果としての称名の並立。その結果どの
様な状況が生まれたのか。苑主代表が今後讃題のみでは限界
があるとしたからこその常住讃である事だけは、間違いない
と思われる。以下に讃題の三宝一体の理を図示する。
 仏→法→僧とトップダウンの方向性がある事がわかる。
次に、上の図にならって、常住讃の理を図示する。
 更に、上の二図を重ね合わせてみると…
 上図を見ると、開祖が伝統の枠組みを尊重し制定した讃題
のフレームワークに、苑主代表が真如苑独自の内実を整えた
ものが常住讃であると言える。更に特筆すべきは、開祖が
定めた讃題の枠組みに、苑主代表が常住讃によって開祖自身
をも摂めている事ではないだろうか。これは開祖が生前に
行えないし、決して行ってはいけない事でもあったと思う。
称名の並立が発生した一番の理由はおそらくここにあったの
だろう。そして、一見並立しているかに見える讃題と常住讃
の二にして一の関係も見えてきたようだ。

                    続く











2017年9月12日火曜日

慧燈応現法要③ ー制定の背景②ー

 こうした歩みを辿った教団の現在はどうか。

「…摂受心院死後において苑は栄えてきたが、教化の浸透においては、
 摂受心院の存命中のようにはいかなかった。…」定記より

 事態は在世の開祖が憂慮した状況より更に進んでいると言わ
ざるを得ないのではないか。

 讃題が制定されて半世紀、霊祖遷化後初の月命日より本年
で五十年を迎える九月六日。仏法僧三宝一体の理を基として
二つを一つにし、開祖が日本三大称名の一つと絶対の確信を
のぞかせる讃題。それに新たな根本頌を定め加え一つが二つ
になる選択を苑主代表がなすのは、国際的な活動領域を持つ
に至り、上下に重層化した、百万人に届こうとする巨大な、
コミュニティと化した教苑が、「内」と「外」に大きく別れ
つつある事の証左であるように思える。

 大規模かつ高度に発達した現代社会において、それを支える
様々な諸機関・諸法人が、ヒューマンエラーや不祥事等、人為
的要因によるトラブルが日々大きく取り上げられ、信頼を失い
権威を失う事が日常茶飯となっているが、宗教法人も例外とは
言い難い。 しかしながら、真如苑(僧伽)は宇宙で唯一、
真如三昧耶流を現世に現す機関であり、どれ程の問題を抱え
ようとも他に代替は存在しない。ここに我々の苦悩がある。

 この様な状況の中、教団内外を問わず「仏」への信を繋ぎ
続ける為の、苑主代表の答えが常住讃であり、更には讃題との
称名の並立だったのではないか。

                      続く

2017年9月9日土曜日

慧燈応現法要② ー制定の背景①ー

 こうして制定された常住讃だが、過去半世紀に渡り、唱え
られてきた讃題と併せ、常住讃も根本頌(こんぽんじゅ)と
されている。こうして真如苑では二つの称名が並立する事に
なった訳だが、根本頌となる称名の並立というのは他の宗派
にもある事なのだろうか?。浅学非才にして寡聞な自分だが
これは世界的に見ても大変珍しい事なのではないだろうか。
 こういった事態について予め8月中に教苑会・総部会・
親苑時報等を通じ教団側から念入りに広報が実施されており
当日の瑞教でも「これは凝縮です」とのお言葉があった。

 しかしながら、敢えて「称名の並立」という少々理解に
努力を要する道を苑主代表が選択したのは何故なのか?。
 もし、讃題を廃すればそれは新時代における開祖の否定に
つながり、このまま讃題のみを選べば苑主が見出した新たな
しかも重大な祈りを伝える必然性を否定してしまうのか…。
東京都の中央卸売市場移転問題で小池百合子都知事の発言
「築地は守る・豊洲は活かす」にも一見似たような状況に
如何なる意味があるのか?。

 この状況を読解く鍵として、讃題と比較して常住讃から
三宝(仏・法・僧)のうち「僧(伽)=教団」の要素が
取り除かれている事に着目したい。

「…摂受心院死後において苑は栄えてきたが、教化の浸透においては、
 摂受心院の存命中のようにはいかなかった。…」定記より

 組織運営論めいた話だが、どうもリーダーシップというの
は二通りあると思う。組織の内外を俯瞰しメッセージと舵取
を行うトップの役割が一つ。と同時にトップの内面を理解し
組織内にそれを適切に浸透させる、牽引役としての役割。
この二つの役割を担う者が互いに協力し合って初めて組織は
動き出す事が出来る。詳細は伏せるが、これは私自身が教団
と全く関わりの無い所でこういった問題に直面した体験から
述べている。開祖が自分達夫婦の事を「一心同体ですね」と
評された時「いえ、一心一体です」と答えたエピソードを聞
いた事があるが、まこと教団事件終結以後、開祖霊祖が共に
在世の昭和42年までは、教団の運営が安定期にあり、この
真如苑において三宝一体の理が実際に実現していた時期と
言ってよいと思う。(昨年荘厳の復建真澄寺・接心道場は、
丁度この時期の教団を再現したものである)霊祖摂受心院が
当時二つに分かれていた讃題を一つに統合する旨、開祖に
願い出たのはこの時期の体験に依るものだったのではないだ
ろうか。
 しかし、昭和42年霊祖遷化以降、教団における内側の
リーダーシップは衰退、平成元年開祖遷化以後この問題は
教団を継承した現苑主代表・真玲姉妹に「定記の取組み」
として引き継がれる事となったが、苑主代表自身をして

「定記の取組みは私達が生きている限り続きます」

と言わしめるほど難しいものであり、その動静は時として
外部に報道され、重要な法要の登壇の際、真玲猊下の沈痛
な面持ちの隣で、苑主代表や教務長が耐えかねた様な表情で
祈る様子が見えた時など、参座の一般教徒までがハラハラす
るような有様だったのをついこの間の様に憶えている。

 この様に苑史を振り返ると、霊祖摂受心院の願いにより
三宝一体に帰依の理によって二つの称名を一つにした讃題
が、昭和42年9月6日に制定されてより半世紀、仏法僧
のうち「僧(伽)=教団」に人を得ず、その本来の宗教的
ポテンシャルを発揮しきれないまま、教苑を次代に継承する
事への大きな懸念が常住讃制定の背景にあったのではない
だろうか…
                      続く

2017年9月7日木曜日

慧燈応現法要 -常住讃制定-

 2017年9月6日、小雨。昨日は大規模停電による鉄道
の混乱や、旅客機の緊急着陸等、大規模な交通機関トラブル
があり、今朝もそれらについての報道が続いている。本日は
予て常住讃制定をいよいよ迎える事となった。
 この常住讃、苑主代表が海外等の一般公開する法要等で
唱え始められたもので、その法要での扱われ方から外向きの
傾向が感じられたため、以前からこのブログの文末の結びに
も、慣用的に用いらせて頂いていたものが、本日改めて公に
制定されたものである。

 メイン式場は応現院御宝前、内陣の登壇席は通常左右二列
づつだが、本日は左右とも三列。真如苑の最高意思決定機関
教議会のお歴々もほぼ全て登壇している様だ。11:00開式、
奉讃文を次期苑主指名の鳥飼尚之教務長が奉読する。読経、
心中祈念の直前の五遍は従来通り。公式の法要ではこれが
最後になるのだろう。読経が終わり苑主瑞教にて全苑教徒
初の常住讃唱和となる。五遍唱和したが一回毎にあるいは
高くあるいは低く唱える音調は、真如苑の今迄の声明にも
見られなかったものだ。併せて、本日の法要で祈念込めた
木札についての説明。先に発刊された親苑時報9月号にも
詳しいが、通常の縦型ではない、正五角形に近い木札の
上部に常住如来の種字を、中央に常住讃を配し、裏面には
開祖霊祖・両童子の夫々のモチーフが描かれているこれは
木札というより、むしろ真如霊界の中核を表した曼荼羅
ではないかと見える。

  定記の取組みが安定して後、苑主代表の阿闍梨の意楽は
日本仏教の伝統を尊重しつつみ教えを建立した開祖の唱え
る世界観に則り、真如み教えの独自性をより強く打ち出し
てきたように見える。その行きついた先に今回の常住讃
制定もある訳だが、その祈りは如何なるものなのか…

                     続く

2015年10月1日木曜日

斉燈護摩を控えて-四天王奉安の動機

 地図で見ると判るのだが、真如苑山梨別院斉燈護摩道場では、
護法善神の御堂と、レストハウスや食堂棟以外の、仏を祀る処総て、
精舎は勿論、斉燈護摩を修する護摩壇に至るまで、諸尊は南東を向き礼拝者は総て北西を向く事になる。この配置条件によって護摩壇
の四隅は大凡東西南北を向く事になる。ここで毎年10月初旬に修さ
れる、伝燈の法脈に則り真如密に即して行われる斉燈護摩において
道場の四方(東西南北)と中央に、護摩の火点に先立ち、五大明王の降臨を請い願い、修法の無魔成弁の為道場を結界する所作法が
行われる。



 この様に護摩の際に五大明王によって道場が結界されるのだが、
今夏友心院にて奉安された四天王も結界を張る尊格である。
須弥山世界の東西南北にあって仏の世界を守護しているとされる。
いわば本年からの斉燈護摩は五大明王の結界に加え、四天王の
冥護によってより篤い護りの中に行われることになるのだろう。 

 この様に考えてみると、今夏東西南北に身を置き結界をなす尊格
を奉安した背景の一つに、昨年の事件があった様に思えてならない。
あれ以来、慧燈院通用門前には警備員が終日立哨し、施設の塀
にはカバーこそかけてあるものの、刺股と思しき捕具が立てかけられて
いる様子がgoogle street viewで確認できる。

『斉燈護摩当日の真澄寺、普段より結構早い時間に出仕。苑主
代表をはじめ、主だった職員は、前日より現地山梨別院に出張り、
法要の生中継もあるので一般参座の信徒も迎えねばならず、朝から非常慌ただしい。そんな中、第一布教会館から慧燈院通用門へ
移動中、妙な雰囲気の中年男性に声をかけられる。話を聞いてみれ
ば現在山梨にいる「苑主に会いたい」等と奇体な事を言い出す。どう
やら少々ズレた御仁の様だ。多忙の折でもあるので体よくあしらって
早く所用に取り掛かろうと男性に背を向けたその刹那…』

 数少ない手がかりの中、上記に事件の起こった様子を報道記事と
想像を交えて簡単に描いてみた。背後から腰部を刺された所を見ると
被疑者に背を向けた状態があったのは間違いないと思われる。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「左様・・・・・・」
  慶次郎が考え考え云った。
 「強いて申さば、意地とでも申しましょうか」
 「意地?」
  秀吉が目を瞬かせた。理解出来ないというしるしである。
 「かぶき者の意地、と申すか」
 「人としての意地でござる」
 慶次郎の反駁は間髪をいれなかった。
 関白であろうと牢人であろうと同じ人である。面白半分
に人が人を呼びつけ、曝しものにしていいわけがない。正し
く思い上がりであろう。呼びつけられ、曝し者にされた男は
相手を刺すことによってのみ、相手もまた人に過ぎないこ
とを強力に証明することが出来る。思い上りに対する痛烈
なしっぺ返しである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
隆慶一郎著「一夢庵風流記」より


 勿論、上記赤字引用部は虚構の世界でのみ通用する論理でしか
ない。被害者の男性職員は別に容疑者の男性を曝し者にした訳ではない。おかしな輩に深入りしないのも処世の知恵の一つではある。
 だが、刺された男性は苑主代表が聖職者と規定する教団職員で
ある。彼がもし、相手が妙な人物だからと、人を人とも思わぬ対応を
したとすれば、それが果たして聖職者として相応しい振舞いだっただろう
か?。護法の御力が強くなった今なら猶更、そんな思い上がりが許さ
れるはずがない。

                                南無真如




2015年9月24日木曜日

2015 五つの灯籠流し

 9月23日水曜、応現院で秋季彼岸会併せてNY灯籠流し(録画)
を拝聴、現地では彼岸会は9/13、NY灯籠流しは9/20に行われたが
日本における秋季彼岸会は本日となる。それが証拠に応現院境内の
弁才天堂では加行を畢えた職員が修法にて、法要の仏天冥護を
祈念していた。これを以て本年初頭の寒修行の苑主瑞経にて発表の
あった五つの灯籠流し(台湾、ハワイ、ベルリン、河口湖、ニューヨーク)
総てが行われた事になる。発表当初は分明ではなかったが、これらの
法会の功徳を以て、10/15のおおぞら地蔵の浄水供養が荘厳される
事になるのだろう。少々振り返ってみる。

 国外で最初に灯籠流しが修されたハワイについては何も言う事はない
だろう。ハワイ先住民の伝統文化フラ、真珠湾攻撃への鎮魂の祈り、
そしてこれがメモリアルデーに行われるところから、回向や供養が受け容
れられやすい土壌があり現地TV局までをも巻込む大きなムーヴメント
となり、ここまで定着したのだろう。



 極東海域にその動向が最大に注目される台湾。1971年に開祖が
訪れた時も「国情が厳しい」と評された当時のまま、中国の一部となる
か、独立か、いまだに揺れ続けているこの地域こそ自らも気づかぬまま
に平和を一番希求しているのではないだろうか。常楽我浄を見ていると、仏教と道教の混交した様子が見られる。日本と同じ大乗仏教の伝播した地域にあたるからだろうか、かつて開祖霊祖が戒められた、
御利益信仰も一般には盛んなように思われる。


 以前報じたが、開催そのものが危ぶまれる程の荒天を6時間もの
早いスタートで乗り切ったベルリン灯籠流し。かつてイデオロギーに
よってドイツを中心に東西に分断されていた欧州。開祖遷化の年
にベルリンの壁の崩壊という歴史的事件があったものの、あれから
四半世紀を経た現在、ギリシャ支援や難民流入を軸に、今度は
南北に分断されつつある様に見える。その分断の本質的原因は
やはり「富」にあるように思われる。

  世界的な文化・経済の中心であるNYで、本年も灯籠流しが行われ
た。セレモニー全体は13:00~21:00に渡る長時間に及ぶもので、実際
に法会と言えるのは最後の2時間ほど。それまでは協賛するARTIST
達の発表となっていた様だ。日が暮れていよいよ開式。一流百貨店
メイシーズのCEOであるテリー・J・ランドグレン等、社会貢献の実績を
持った人々の紹介の後、法会が行われ無事に終了した模様。

 以前、アメリカの法会に立ち会う機会があった時、合間を見て街に
出た所、異邦人の自分にもそれと判るほど、貧困層の人々が目に
ついたが、それと対照的に真如苑の法会に参集する現地の人々の
毛色の良さに大変驚かされ、み教えが本当にこの国に浸透していく
までの苦難の道のりに思いを馳せた事を、本年のNY灯籠流しを見て
今改めて思い出す。真如苑はこれまでも世界の各所で社会貢献に
取組んできたが、自らが身を置く同じ国の中にも、自然災害や原発
事故に遭わなかったとしても、病や老い、貧困に苦しむ人々の存在
は在る事に目が向いているのだろうか?。今夏四天王を奉安した
友心院が落慶時に配布されたパンフレットには、成人の聖徳太子像
紹介の頁に「…私たちは、次のステージの入り口に立っています。」
とある。組織によって安定した暮らしを営みながら聖職者と位置付け
られた教団職員に、社会に普遍的な苦しみは見えているだろうか?。
「経済格差は拡大し続ける」事を数世代にも渡る税の支払い記録の
調査を基に証明したトマ・ピケティは公開授業の中で、富裕層の社会
貢献がいかに巨額であっても、彼らの資産のうちから見ればほんの僅か
な割合である事を指摘している。NY等を中心に栄える現代美術が、
この様な富裕層のクローズド・サーキットの中で評価され、莫大な富が
そこに動く。本年真如苑が友心アネックスで公開した大日如来像も
クリスティーズでのオークションで最後まで購入権を真如苑と争ったのは
この様な富裕層だった。NY灯籠流しでコラボしたARTIST達の作品も
こういったMONEYに支えられているのか?。この灯籠流しが行われた
同じNYで「We are the 99%」のスローガンの下、大規模な抗議運動が
起こった事を忘れてはならない。


 本年の寒修行で、アフリカで社会貢献に取組むある教徒の体験談
を拝聴する機会があった。取り組みの接心の霊言に「まず有力な人から導くように」と示された事に当初ショックを受けた心情が語られていた
が、客観的に見て社会に影響力を持った人々が大乗利他の精神に
目覚める事が、将来状況を大きく変えていくだろう事は理解できる。
しかしながら、今この時苦難に直面する人々と、助けようと心を同化
させた人にとっては、ある点「時」が一番の問題かもしれないのだ。
トリクルダウン理論は実態に即していない。

 最後に指摘しておきたい。インドにおいて仏教が衰退した一因は、
その支持層が当時の社会の新興上流層に偏っていた事。もう一つ
真如苑が所依の経典とする大般涅槃経は「実践が何より尊い」と
のテーゼの下に、当時の社会の下層階級である鍛冶屋を生業とする
持たざる者純陀が、文殊師利との討論でその資質を示し、参集した
他の長者、王族、神仏等総ての人々を差し置き、釈尊臨終の場で最後の飲食供養を捧げ、最も尊いものを得る説話として著されている
事を。

                               南無真如


2015年8月23日日曜日

8/22/2015 友心院四天王入魂法要

 暑さが少し和らいだといっても、まだ30℃以上の気温が続くこの時期
東京・半蔵門の友心院において予てから予告されていた四天王奉安
が、苑主代表の御導師によって行われた。AM11:00、これの中継を応現院にて拝聴。5F宝前内陣に四天王が三輪身を護る形に祀られ
導師座が外陣に設置されている。以前予想した中では東寺講堂と、
同様の配置になっている。
 終了後、苑主代表の挨拶がある。持国(東)・増長(南)・広目(西)・多聞(北)の各々の四天王が司る心の在り方が説明される。
また、当初秋季彼岸会までにとされていたおおぞら地蔵の浄水供養は
翌15日になる旨発表があった。ららぽーと立川のオープンは更に翌17日になる模様。以前の憶測は満更間違いでもなかったのだろうか?。
また、この発表に合わせ、周囲に4つの大きな鉢に蓮の葉をあしらった
おおぞら地蔵荘厳の完成予想図も発表されたが、応現院の本棟と
修行棟を結ぶ3階渡り廊下から、おおぞら地蔵周辺を重機で方形に堀り返している工事の様子が見えるが、本当に本日の発表通りになる
のかよくわからない。四天王像謹刻に尽力された来賓各位の前での
公式の挨拶の後、1Fロビーに巡回、代表参座の青年教徒の前にて
護国寺や聖徳太子などのお話しをされ式典は終了した。

 午後、立川で昼食を摂り友心院に記念参拝に向かう。現地宝前
にて実像を拝する。幼児ぐらいの身長に刻まれた古代中国風の鎧に
身を固めた四天王さまたちがいらっしゃる。後頭部に輪宝が荘厳され
ているが、これは背部に蓮華の茎のような支柱で支えられている。獣
の頭部を象りその口から腕を通す形の、肩のアーマーなど要所に金
での彩色が目立つ。モニタを透して見ると結構鮮やかに見えるが、実
際に友心院宝前の落ち着いた照明の下ではぐっと落ち着いた雰囲気
がある。

 立川への帰途、電気火災による鉄道の遅延に行き会う。さいわい
それほど大幅な遅延にならずに立川に着く事ができた。さる18日にも
立川市内で鉄道の電気火災があり大規模な鉄道の混乱があった
ばかり、何が起こっているのだろうか…。

 思い立って親苑に向かう。折からの夏祭りのお囃子を聞きながら、
親苑の発祥第二精舎宝前に入る。ここには本尊十一面観世音の
脇侍として四天王が祀られているのだ。丁度10月に復建接心道場に
入魂の予定の笠法護法善神の開帳参拝が催されている。
 改めてこちらの四天王を拝する。第二精舎落慶入仏開眼はさる
1979年、四天王さまの茶褐色のお姿にも年月が感じられる。こちら
の四天王にも何か新たな展開があるのだろうか…

                                 南無真如



2015年3月28日土曜日

この始末、どうつける?(その3)

 先月24日に発行の歓喜世界245号に、藪内佐斗司氏への
特別インタービューが掲載されていたので、巻末の返信葉書で
以下の様な投書をした。

『Q4今回の歓喜世界をお読みになったご感想・ご意見を
   お聞かせ下さい(葉書アンケート質問より)

 P28~「藪内佐斗司先生インタビュー」について
氏の言葉を直接教徒に届けた点は評価しますが、
遅きに失したと思います●。また、氏が自サイト

にて未だに
おおぞら地蔵の原型彫刻を個人的開運ビジネスに
使用している点を鑑みるに、論旨としても弱いと
言わざるを得ません。

                      南無真如』

 昨年8月におおぞら地蔵入魂の儀が行われてより、半年以上
が経った今、どの様な経緯でプロジェクトが進められたかは問題
ではない。おおぞら地蔵様は、もう真如のみ仏として応現院に
訪れる沢山の人々の祈りを優しく受け止めてくださっている。
自分も訪れる度心を籠めて手を合わせている。唯一の問題は
上記投書の様な行いを未だに続けている藪内氏が、地蔵池の
製作に今後も関り続けるのか否かの一点に尽きる。まあ、
年が明けた直後ならともかく、春を迎えた頃になって新しい
カレンダーがそれほど売れるとも思えないが…。

 去る2月24日、応現院にて行われた特別廻向法要において
苑主代表は法要の参座・奉仕の教徒と併せ、苑外のスタッフ
への感謝を「協力がなければこの法要はできなかった」と述べた。教苑の諸活動が社会に広く大きくなっていくにつれ外部の
協力者との繋がりは重要になっていくだろう。おおぞら地蔵も
そういった繋がりの所産のひとつなのだろう。

『煩「本当ですよ。先生はねー本当に(真実の
 意)信仰していった時には幸福になれるんで
 すよ、悪い因縁を切って幸いになれるんです
 よーというのですけれど、幸福になろうとい
 うこと自体が望み事を願っていると思うんで
 すよ。そしてね、小さな欲をかかないで大
 きな欲(本当の意味は如来に生きる)を求め
 よ、って教えてくれたんですけどね、小さ
 な欲をを願ってはいけないというのに、どうし
 て大きな欲を願えというのですか?」
 ・・・・・・・・・・・・』
(旧『一如の道』霊妙編・第五章 霊劇
 一、真如一如・小欲と大欲 より)

五秘密曼荼羅

 昨秋、渋谷区立松涛美術館開催の『み法に守られし醍醐寺』を
観に行く事ができた。展示の目玉の過去現在絵因果経も圧巻
だが、自分はむしろ上の五秘密曼荼羅に感ずる所があった。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・金剛薩埵は密教独自のほとけ
 で、大日如来の所変である全ての菩薩の中でも
 根本的な存在である。他の四菩薩は、欲・蝕・愛
 のように性愛、あるいは慢(心)といった人間の
 基本的な欲望、しかも仏道修行には障害となる
 とみなされる煩悩を名前に持っており、このよ
 うな菩薩が金剛薩埵と一体になることによっ
 て人間の煩悩も本来は清浄であることを示し
 ているという。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(『み法に守られし 醍醐寺』パンフレット・
 作品解説・13.◎五秘密像(五秘密曼荼羅)より)

 おおぞら地蔵にしろ、ららぽーと立川立飛にしろ、本年は色々
と大きな動きがある年になりそうだ。前回の憶測の真偽は兎も角
これらが何か軌を一に動いているのは間違いないと思う。これら
の苑内外関係各位を如来に生きる清らかな境涯(真如苑への
入信の事ではない、念の為)に導くのが、去る1/25に苑主代表
と共に、笠法護法善神の新たな真言を唱えた、真如三昧耶流の
修行を護摩法まで法畢した、鳥飼尚之次期苑主、長塚充男
教務長、西川勢二教務長補佐ら12人の教団の重役の使命で
あり、我々一般教徒の代表としての責任では無いだろうか。
こういった中に、上記藪内氏の所業の解決も見たいと思う。

                              南無真如
 

 

2015年3月26日木曜日

この始末、どうつける?(その2)

 3月21日、多摩モノレール立飛駅では、今秋東側に開業する
予定のららぽーと立川立飛の為に、改修工事が進んでいる。
多摩モノレールの線路を挟んで応現院の向かい側に超大型の
商業施設が開業する事になれば、土日祝日等界隈に賑わいも
増す事になるだろう。教団が一如社グループを通じ立川バスに
業務委託している最寄駅~応現院直行バスも、応現院の多摩
モノレール側ロータリーを一般開放すれば、ららぽーとに訪れる
人々への対応は容易なのではないかと思える。
 去る1月25日、苑主代表は今年度寒修行にて

①おおぞら地蔵の浄水供養は秋季彼岸会までに環境整備する

とした。丁度ららぽーと立川立飛の開業と、おおよそ同時期に
なる様だ。この点を踏まえた上で改めて昨年の親苑時報8月号
の苑主瑞教を読んで見る。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 開眼の後には、境内に地蔵池を造る予定です。②この池は
聖地親苑のある立川市の形にいたします。真理の蓮が咲き、
その上にトンボ(プロペラ)に乗った地蔵尊が降臨される
イメージです。近隣立川の方々に応現院へ気軽に足を運び、
四方の浄水供養など親しんでいただきたいと願っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
』

 もう一点、おおぞら地蔵は開眼当初より③写真撮影自由との
扱いとなっている。これは今までの応現院境内に祀られた他の
尊格、天地両護法善神は元より純陀群像やチューラパンタカ像
でさえ黙認されていたのに較べるとこれは破格の扱いである。

 上記赤字②③に加え

①秋分の日までに浄水供養≒ららぽーと開業

 に気がついた時、この「お地蔵様プロジェクト」の締め括りと
なるおおぞら地蔵の、もうひとつの企画の意図が見えてくる様に
感じた。ららぽーと立川立飛を誘致した立飛ホールディングス
よりの借地に応現院は建立された。立飛ホールディングスの
経営課題に、現状賃料と言う形で応えている真如苑だが、
地域社会への貢献という観点から、それ以上を目指した結果が
せんとくんによる奈良県地域社会マーケティングに多大な実績
を持つ藪内佐斗司氏を境内地蔵尊の製作者に抜擢した真の
理由であり、応現院に参集する不特定多数の教徒を、誘致する
大型商業施設の潜在的顧客としたい立飛ホールディングスと
広く社会にみ教えを発信していこうとする真如苑の意図する所
が一致した結果なのではないか?。

「(仮称)ららぽーと立川立飛」イメージ


                                 …続く



 

2015年3月23日月曜日

困ってしまう。(その2)

 いや、別に困る事でもなんでもないのだけれど…

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 童子は、もはや、子供の姿をしていなかった。
 小さいなりに、鬼の姿をし、しゃべるたびにその口からは青い炎がめろめろと吐き出されてく
る。
 鬼は、切り株から離れて晴明に向かって襲いかかろうとした。
「晴明!」
 博雅が、松明を捨て、腰の太刀を引き抜いたその時_
 晴明は、自分に向かって来ようとした鬼に右手の人差し指と中指を向け、宙をその指で切り
ながら、
「オン・テイハ・ヤクシャ・バンダ・ハ・ハ・ハ・ソワカ」
 真言を唱えた。
”薬叉天に帰命す。縛せ縛せ。ハハハ。あなかしこ”
 すると、ふいに、鬼が動きを止めた。
「そ、それは、おまえ・・・・・・・」
「庚申(こうしん)の真言さ」
 晴明が言い終えぬうちに、くねくねと鬼の身体がたたまれて、ごろんと草の上に転がった。
「むう」
 博雅が、太刀を手にして駆け寄ってみれば、それは木彫りの邪鬼であった。
 ちょうど、広目天の足に踏まれているように、身体をふたつに折って、そこに伏せになってい
た。
「いや、もとはその切り株に繋がっていたものだからな。その切り株から離れてもらわねば、こ
ちらも方法がないところだった・・・・・・」
「つまり、これが、玄徳が彫っていた広目天の邪鬼なのだな」
「そういうことだ」
「今の咒は何だ?」
「大和真言さ」
「大和真言?」
「真言はもともと天竺でできたものなのだが、この真言は、大和の国で造られたものなのだよ。
真言宗の仏師が、四天王を彫る時には、この、庚申の真言を唱えるのだよ」
「そういうことか」
「そういうことだ」
 そう言って、晴明は、ふと、横の切り株に眼をやった。
「ふうむ」
 その切り株に歩み寄り、晴明は、その端の木肌に触れた。
「どうした?」
「博雅よ。これはまだ生きているぞ」
「生きてる?」
「うむ。他の部分は、ほとんど腐れ果てて死んでいるが、この部分だけは、まだ、微かながら生
きている。この下に、よほど強い根があると見える」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(夢枕獏著『陰陽師・飛天ノ巻』収録「天邪鬼」より)

 さる1/25。真如苑の地霊系護法善神である笠法稲荷大明神に
新たに真言が制定された旨発表を聞いて思い出したのが上記。
 田中公明氏が教団施設内でオンエアのVTRで、開祖謹刻の
涅槃像をして阿闍梨が自ら尊崇する尊格を自由に選べる事を
「阿闍梨の意楽(いぎょう)」と述べていたが、苑主代表が新たな真言を造る事もその一つなのだろう。
 だがこの『天邪鬼』、改めて読んでみると、新たな真言の創造
だけでなく、四天王、初版が1995年(つまり丁度20年前=
阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の年)等、本年の教苑を
意識させるようなモチーフが妙に目に付く。上記引用した中の
強い根も地の力を想像させる。


陰陽師 飛天ノ巻

 苑主瑞教を聞きつつこんな事を…、我ながら呆れたものだ。

                              南無真如

2015年3月19日木曜日

真如-その視覚的表現(その3)

 さるH25/3/2、以前著書を紹介した事もある正木晃氏が応現院
にて「あの世と仏教 霊魂・葬儀・先祖供養」の題で講演をして
いるのを、常楽我浄にてご覧になった方もおられる事と思う。
(直近の再放送はこちら)
 実はこの講演、教苑内で発表当初は曼荼羅がテーマだった。
応現院食堂棟の告知掲示物が、突然修正されているのを見て、
とても奇異に感じた事を今もはっきり覚えている。本年の寒修行
瑞教にて、苑主代表より真如苑大日如来像について話を聞くに
改めて、先の講演テーマ変更の件が思い出され、正木晃氏が
当初の予定通り曼荼羅をテーマに講演したらどんな内容だった
だろうかと、改めて氏の著作をチェックした中に

ガナ(集団)チャクラ(輪)=人間マンダラ

なる儀礼が紹介されていた。日本の密教は7世紀頃、インドから中国を通じて伝わった中期密教を基として発展したものだが、
その後もインドでは密教は別個に発展を続け、8世紀に性行為
を修行に導入した後期密教が登場する。元々インドではマンダラ
を地面に描く事が密教初期から行われていたが、後期密教の
マンダラには選りによって、墓場で死体の腸によって描かれ、
その上で生身の男女の修行者達が性的ヨーガを中心とする
儀礼を行ずるのだという。これをガナチャクラと言うのだそうだ。

 真におどろおどろしい光景が描写されるのだが、ここでふと
思い出したのが普段真如教徒が通常取組む向上接心。実は
これも『集団』で『輪』を描いて取り組む修行である。接心者は
内側を向いて輪を描いて座り、接心をとる霊能者はその輪の
内側に座り接心者に相対する。霊能者は一人の接心をとると
基本的にはその左隣りの接心者の前に移る。
 修行そのものだけではない。この接心の『輪』に入る為に
待機する接心者も30人程度を1グループとして『輪』と呼ばれ
案内・誘導の際管理されている。この様な修行が下記に引用
したような穏やかな日常的な雰囲気の中行われている。
 この様な一般人がその社会性を喪失せず、日常を通じて
本来峻厳な中に追求されるような悟りを求めていく事ができる
修行が実現した背景には、これまでも教苑において讃迎されて
きた開祖霊祖の苦難の取組み、両童子の抜苦代受は元より、
仏教、そして密教がインドで発祥し現代日本に真如三昧耶流
が生まれるまでの法流血脈が辿ってきた歴史的観点から
いえば、唐・律令国家下における「金胎両部の相承」に始ま
って、恵印三昧耶法の「実修実証」の精神、そしておそらく
最後の要素として、大般涅槃経を以って、総ての人々への
「悟りへのインターフェース」と、その総てが

「悟りへの到達と社会性の両立」

とでも謂うべき一貫性を持っているように思われる。

 この接心の『輪』に入ると言う事は、即、この身このまま、
真如曼荼羅界会の世界に入っている事ではないだろうか。



『まるで病院のよう
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  応現院を訪れると、その大きさ、駐車場の広さにまず驚かされるが、全体の雰囲気は大学
のキャンパスに近い。ただ、屋根の上に、金の相輪が輝いている点が宗教施設だということを
示している。
 一階の広いロビーに入ってみると、たくさんの信者であふれているが、両側には受付が並ん
でいて、それはまるで病院の受付を思わせる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 何より印象的なのは、そこに非日常的な雰囲気が漂っていない点である。一人一人の信者
がどの程度の頻度で応現院を訪れるのかはわからないが、なかには遠方からやってきた人
たちもいるはずである。その点で、そこは日常の場ではなく、非日常の場であるはずだが、
そうした雰囲気がない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 日常的な宗教
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 そもそも霊能者は特殊な格好をしていないし、入神するのに本尊に向かって印を結び、唱え
言をするだけである。教団では、誰もが霊能者になることができるとしている。霊能者が一人
の信者に相対する時間も三分程度で、霊能者が発する霊言の内容も、教えを再確認したり、
先祖の不幸を聞き出したり、信者の健康状態を確かめるといったものである。霊能者自身、
霊からのことばを仲介しているというよりも、自らの直感にしたがってアドバイスを行っていると
認識している。そして、自らの接心が終わると、信者たちはその場を去っていく。霊能者にし
ても、接心が終われば、入神を解き、やはりその場を退いていく。
 こうした接心は、シャーマニズム的な神憑りというよりも、カウンセリングに近い。初期の
教団では、激しい霊動が起こったこともあったようだが、今ではそうではない。受付の雰囲気
と相まって、まさに応現院はスピリチュアルな病院なのである。
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(島田裕巳著『日本の10大新宗教』9-真如苑 より)

 


マンダラとは何か

追記

 近年、接心のカウンセリングとしての側面のみが重視され
接心において『輪』を作る事の霊的な意味を忘れたかの如き
会座運営がされる事が見受けられる。現代社会に生きる
一般教徒各個人の事情を配慮した結果と感謝に受止める
反面、真如苑の接心修行において『輪』をつくる事の意味を
今一度深める契機になればとこれを著した次第。

                                  南無真如