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2022年3月2日水曜日

昔語り


  誰もが、その人に注目していた。

 老いも若きも男も女も、誰もがその人の名を呼び、その人に拠っていた。だがその人は、すでに髪も真っ白く、足を痛めて動作も緩慢、老いた体を引き摺る様に自分を呼ぶ声に懸命に応えておられる。


「みんな、この人がいなかったら生きていけないんじゃないだろうか」


 家族での入信と前後して、老いた肉親の死を一回だけでなく間近に体験していた自分には、その人の老いた姿から、どうしても別離の時期が近い事を予期せざるを得なかった。

月並みな表現しかできないのが申し訳ないが、尊敬に値する立派な見事な方の様である。きっと多くの人々に慕われるだけの行いを長年積み重ねてこられたのだろう。それだけにこの人の喪失が、このコミュニティにもたらす衝撃と混乱の渦の大きさの計り知れなさに、末端の一般信徒に過ぎない身の自分が、


「この人がいなくなったら、この教団はどうなってしまうのだろう」


などと真剣に心配していたのだから……


その心配は現実のものとなった。


平成元年七月十九日、開祖伊藤真乗遷化。伊藤真聰苑主の真の後継者としての苦難の道のりが始まった。


南無真如

2022年3月1日火曜日

これからの「在り方」②-2022真如特別法要~法前供

 よりによって、今年のこんな日に…

こんな事が起こるなんて…

 こんな事が起こるなんて、十年前のあの日には思いもよらなかった。ただ「心を残してきました」なんておっしゃっていたとの伝聞があったので、苑主代表には何か予感があったのかもしれない。事実、このわずか二年後の2014年、プーチン大統領によるクリミア半島のロシア併合が行われている。そして昨年後半からの不穏な動きが現実のものとなったのが、今年の真如特別法要(2/24)だったのだ。2022年二月の最後の週末、ロシアのウクライナ侵攻に国際社会は驚愕と反発を強めつつ、事態収拾の方途の模索が始まった。

 真如苑は、本日(2/28)の法前供において、戦乱の早期鎮静を祈念し、人道・医療への緊急援助として2000万円の拠出を発表した。

 最初に真如特別法要を紹介した時、自分はこれを日本の天皇制との関連でとらえていたのだが、昨年の二月下旬に語られた、苑主代表が夢で開祖と共に法要の修法を行い以心伝心で指導を承けたという話を聞くに、この法要の持つであろう潜在的な意味合いが一つ見えたような気がする。開祖の最後の法要が昭和天皇の追悼だったのは、確かに間違いのない事実である。開祖はこの真如三昧耶流創立の過程で、真言密流相承にあたり、日本の霊的伝統にその身を深く鎮めるが如くに関わらせたのでは。だからこそ後継者たる苑主代表は、開祖を土台に世界に飛躍する事ができたとは言えないだろうか。その上で、文字通り世界平和を目指した開祖が、苑主に伝えようとした核心が、この真如特別法要に内包されているのかもしれない。

 思えば、開祖伊藤真乗の遷化と期を一にして、ベルリンの壁崩壊~東西ドイツ統一・冷戦終結と、伊藤真聰苑主の在位が始まってから三十年余り、昨年行われた総本部の新第二精舎起工式より、教団後継・鳥飼尚之氏の姿が頻繁に見られるようになり、昨年の今頃の苑主代表の御不例など思い起こすに、緩やかな教苑の世代交代の進行と同時に、2020米大統領選や、香港等における民主主義的自由と国家の権威の対立、などに観られるように、まるで二十世紀初頭のスペイン風邪の世界的流行のような新型コロナのパンデミックを経て、世界もまた新たな分断や昏迷、そして戦乱?の時代に入っていくかのようにも見える。

 このような新たな社会環境に、真如苑も無関係ではいられない。中国関係への伝道への注意が教団内部で公式に出されているし、その他教団支部を置く地域でも政情の不安定さにパンデミックが絡んで騒然とした様子が見える。

 地球上には、古代インドや現代自由主義諸国のような、自由な思想や表現が許される地域ばかりではない。歴史を紐解けば、空海が遣唐使船で渡った当時、中国は巨大な律令制国家・唐の爛熟の時代にあり、当時の祖師達は、密教の反社会的と見られかねない要素の取扱いに細心の注意が求められたらしい。

密教

 真如苑が真に世界的普遍宗教を目指すなら、権威主義的国家と向き合い、そういった国の人々と、どのように接していくのか、避けて通る事はできない問題だろう。

南無真如 

2021年3月19日金曜日

web配信拝聴メモ②-2021/3/08 弁才尊天供・法憧

  東日本大震災から10年…。

 去る三月八日、弁才尊天供・法幢において、真如苑の救援ボランティアSeRVの東日本大震災の災害者支援への歩みを紹介する特集記事が、文芸春秋2021年4月号に掲載される事が発表された。SeRVのHPは言うに及ばず、既に公式サイトでも周知され、文春オンラインでも閲覧する事が可能だが、ネット対応の不得手な世代への対応だろうか、教団ではこの記事の抜き刷りを、ご丁寧に今月の総部会等で配布するとの発表まであった。

文芸春秋2021年4月

 自分も、このブログとツイッターを始めて、同じ年月が経った。だが、今まで自分はどれ程の事をなしただろうか…。

 だが、今回の起稿は、記事の紹介や10年間の回想の為ではない。株式会社文芸春秋といえば、その週刊誌「週刊文春」は、俗に文春砲などと呼ばれるスクープ記事で、世情を震撼させ、この新型コロナ緊急事態宣言下にも、時の首相のご子息が絡む、利害関係者から監督省庁への高額接待の実態を明らかにした事で、今国会を紛糾させ、世間の耳目を集め、時の政権を苦しい立場に追い込んでいる。

 もう、記憶している教徒はまずいないと思われるが、昨年、この週刊文春の、あるコラム記事を題に取った法幢があった。詳細は別に譲るが、この様な出版社と真如苑が、果たして、単なる「ジャーナリストと取材対象者」の枠に収まるだけの間柄なのかどうか、自分には、どうも疑問の余地が残る。

南無真如





web配信拝聴メモ③-2020/4/24 霊供・法憧

    話は、昨年の緊急事態宣言下、4月24日廻向法要にさかのぼる。この日は明日4/25の苑主代表の誕生を祝う式典(当然帰苑教徒などなくウエブ配信オンリーだが)を控えてか、特に苑主の導師にて法要が営まれた。

この日の法幢が、眼を瞠るものだった。

 まず、尺が長い。大抵の法幢は、法要の時間全体のバランスを考慮してか15分程度でまとめられる事が多く(おそらく一定のルールがあると思われる)、この日に限っては何故か25分。重要な伝達事項でなければ、こういった時間延長は最近はあまりない。

 にもかかわらず、飽きずに聴いていられたのは、教団の企画・広報部門に所属する、この法幢の担当職員の、内容の詰めと、語り口の巧みさ、そしてその意味する所に思う所があったからだ。

 とある週刊誌のコラム(都下の小売店舗のベテラン販売員の、客を和ませる声かけ)を題に取り、一般教徒では日頃接する事のない、苑主代表の人となりを紹介する内容だったのだが、自分には聞き捨てならないセリフがあった。

「このお兄さん、真如教徒だったんです」

「真如苑すごいでしょ」

他にも、話の導入で、最近の自分の仕事を

「朝から晩までインターネットでコロナ漬け」

などと評していたのだが…

 気になったので、件のコラムの掲載された号を入手したのだが、更に首をかしげる点があった。件の記事にはこの店が「何を」扱っているかは記されていたが「何処の」店かは記載されていない。にもかかわらず、法幢ではこの店が「何処の」店かがはっきりと述べられていた。これはどういう事か?。いわば、一片の週刊誌記事から、一般教徒を特定する事も、現在の真如苑には可能という事実を示す事に如何なるメッセージがあったのか?

 教団事務局の企画・広報といえば、クリスティーズで大日如来像落札の際、現・西川勢二教務長が、総合企画部長として在籍していた事が思い出されるが、「表」の法要や式典、参拝行事の企画の他に、教団の調査・インテリジェンスを担う「裏」の姿が、この法幢から伺う事ができるように思う。

 さて、この三月、東日本大震災から10年という事で、教団の災害支援活動が文芸春秋で取り上げられたのは前の投稿で紹介したとおりだが、たとえ取材対象の法人がある程度特定の人々にだけといえど、自社の出版物の抜き刷りの無料配布を許可するというのは、やはり破格と見るべきと思える。文春オンラインなどの代替手段もあるというのに…。

 上述した様な法幢を見るに、株式会社文芸春秋と真如苑の良好な関係が単なる

「ジャーナリストと取材対象者」

の域にとどまらず、調査・インテリジェンスといった上での協力関係に及んでいると見るのが正しい様に思う。



南無真如

2021年1月7日木曜日

これからの「在り方」ー 間章

 こんなに、次を書く事を躊躇った事は今までなかった。今までは、着想が浮かべば、どこか熱に浮かされたように、一気呵成に書き上げるのが常だったのだが…

挙げられる理由は多々ある。実は、前回の投稿直後、体調を崩し発熱、一週間寝込んだ事。昨年の二月、現在ほどPCR検査を自由に受けられなかった事を思い起こして頂きたい。報道されたような後遺症もなく、身近な人々にも感染者が出なかった所を見ると、さいわいコロナではなかったようだ。万が一炎上でもすればタダでは済まないテーマの重さと大きさに、委縮もしたし、法要のウェブ配信拝聴で、教団施設の閉鎖の決断を「…と頂きました」と述べた時の苑主代表の表情が、一瞬だが、しかしはっきりと苦渋に曇っていたのを見た事。何故に、新シリーズを『これからの「在り方」』などという、大上段で器に余るタイトルにしてしまったのか…。

だが、やはり一番大きかったのは、世界中の宗教施設での集団感染の報道、政府経済対策による感染拡大や、第3波における家庭内感染の増加など、そして、パンデミック以前の世界には、もう戻れないかもしれない可能性について、感染症について素人に毛が生えた程度の浅学非才の自分が、時が経つに連れ、投稿を読み返す度、むしろ正確に事の推移を予測していた事が明らかになって来た事にある。まるで自慢の様に聞こえるが、そんな心算は毛頭ない。


『…「我、汝の飲食供養は受けない。しかし一切衆生を安穏にせんとするために、汝が説くその神咒だけを受けよう」…』(大般涅槃経序品より)

 昨年の寒修行の期間中、中国発新型肺炎上陸の報道を横目に、拙い祈りの中に危機の予感を感じつつ、相変わらず動きの見えない教団の動向を注視、無い知恵を振り絞って、教団の社会的信頼の失墜を防がんと、おそらくは初めて純粋な護持の信にたっての投稿だったが故に、み力を頂き、この様な結果になったのだと思う。昨秋発刊の教団の機関誌である歓喜世界262号には真如立教祭前日に初の対策会合をもったとあり、その後の参集活動自粛、第一波の教団施設閉鎖といった経緯は衆目の知る所だが、しかし重大な意思決定プロセスの最中であろう2/14に、ウェブログという、外部にも容易に目の触れる形での提言がなかったら、教団の中枢ではどの様な選択がなされていただろうか?。

『…私たちは、この婦人教徒の言葉には半信半疑だったのである。だから全面的に肯定できず、お宮詣りのことにも、真導院に対する扱い方にも、婦人の言葉をそのまま行っていなかった。ところが、お宮詣りが済むと間もなく、摂受心院は床についたきりで容易に起き上がれないばかりか、生まれて間もない真導院も、消化不良に陥ってやせ細るという事象が起こった…』(「一如の道・究道篇・第三章・二、真導院の誕生」より)

 第一波終息の兆しが見えるやいなや、緊急事態宣言は解除、これに合わせて教団も依処における感染症対策を施しつつ徐々に参集活動を再開した。また、国内においては衰退した経済を復旧させんと、早々に様々な経済対策や規制緩和が行われた結果、首都圏を中心に再々度の感染拡大を招き、医療体制は危機に瀕し、三が日明けより一都三県の知事が連名で緊急事態宣言発出の検討を国に要請、本日発出となった。昨年後半より、感染者数が日々増加する中、世論には緊急事態宣言を待望する声が高まっており、専門家が「首都圏は感染爆発相当」と評するほどの事態に至っての発出は、感染症対策の点では最早遅きに失したと言わざるを得ず、明日より一か月での期間で収束させる事も至難の業と言われているが、



発出への動きから予定の緊急事態宣言の期間(1/8~2/7)が、またもや、真如苑の寒修行の期間をすっぽりと収める奇瑞が起こっている。予定通りなら2/8の真如立教祭には、一定の結果が出る運びである。信徒サイトには1/4付けで、緊急事態宣言中も感染症対策を行いつつ活動を継続する旨広報されているが、日々感染者数や重症者数が過去最多を更新し続ける上、変異して感染力を増したウイルスの上陸まで確認されている中、これはハイリスクな選択であり、万が一依処で集団感染でも発生しようものなら、教団の社会的信頼の甚大な失墜は免れないだろう。職員や帰苑信徒を問わず、最近、依処の人々の様子を見るに、み力を信じるが故の緩み切った姿には不安を禁じ得ない。はっきり言えば個人レベルでの感染症予防は、真如マナーである。だがしかし、政府分科会の尾身会長が言う所の「行動変容」個人レベルの行動の変化を促すにあたって、教団職員各位は適切にリーダーシップを発揮しているだろうか?。この国では、相手の言わんとする所を真正面から受け止め、誠実に返答するコミュニケーションと、言行一致が無かった事が、現在の感染爆発を招いているのではないだろうか?。教団一丸となって護法の祈り持ち、この真剣白刃の取組みの先を明るく見て、今年の寒修行に臨みたい。


南無真如

 

2020年2月14日金曜日

これからの「在り方」①-2020寒修行を振り返って

 昨年暮れより、中国で猛威を振るっていた新型ウイルスが、既に日本に上陸していたことが、昨日ついに誰の目にも明白なものになった。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200213/k10012284621000.html

 これに先立つ先月、信徒サイトを見て唖然としてしまい、思わずこんな返信をしてしまったのは、フォロワーさんだったらご存知の事と思う。

https://twitter.com/NamelessBean/status/1222487528730550272

 詳細は差し控えるが、当時、件の1/31付け信徒サイトの冬期感染症への注意を促す記事が、インフルエンザ等既存の感染症のみを想定していたものだった事(現在は2/7付け第二報となり、新型ウイルスを想定した内容に更新されている)から、一言申し上げさせて頂いた次第。

 実は、非常に危険だったのではないか…。真如苑の発祥は開祖霊祖が12/28に運慶一刀三礼の作と口伝される不動明王像を迎え、三が日が明けて2/3の節分までの寒三十日の修行を以て、その嚆矢としている。それにならい12月を「出発の月」とし、1/20~2/8のこの時期を「立教の原点」とし、真如苑では毎年寒修行が行われている。

 この真如苑の現在の寒修行の期間は丁度、中国の旧正月、春節を含むものになっており、期間中は聖地親苑のある立川市を、アジアを含む様々な地域からの海外教徒も頻繁に訪れている。

  発生地、中国・武漢での異常は昨年暮れから既に報道されており、春節の時期は長期休暇による里帰りや旅行など、多くの人々の国際的な長距離の移動がある事から、この新型ウイルスの世界的大流行の引き金になる事が、年初から明白に予想されていたにも関わらず、件のウイルスの、不顕性感染や2週間に及ぶ長期の潜伏期間、肺の奥に病巣を作るなど、既存の感染症と比較して発見しにくい特性、WHOを始めとして感染への国際的警戒態勢へのコンセンサスの乱れ、当初既存の感染症と比較して毒性が比較的低く、専門家の警戒心が喚起されにくい等の諸要因から国際的感染を許す結果となり、この煽りと(おそらく発生国の情報発信への懐疑バイアスから)日本においては不徹底な水際対策と初動の遅れから、現在、国内において既にヒトヒト感染が進んで居る状況となっている。感染拡大が新たな段階に入った事を認めざるを得ない。

 真如苑に限らず、多くの宗教における法儀や法会というものは、

①可能な限り多くの人々を一カ所に集め、
②揃って聖句、声明、読経、歌、詠唱などを行い

場を荘厳していくことは昨年の東京ドームのミサなどを観ればよく理解される事と思う。


 感染症の観点からは上記①②はそれぞれ

①濃厚接触、あるいはそれに近い状況(接触感染)
②大きな呼吸(飛沫感染、空気感染)

のリスクが想定できると思う。真如苑では概ね、公的機関の発信に沿って、教徒の自主性によって教団活動への参加の可否を判断するよう広報されていると同時に、苑主代表より寒修行中の1/24付け瑞教にて「三大祭(それぞれ3/28、5/9、11/3)と済摂会を報謝実践と帰苑結集の目標に」「家庭集会(信徒の家庭などプライヴェートな空間で行われる小規模な会合)の充実」が打ち出されているが、未知の新型ウイルスが猛威を振るう世相に、元々法会自体が持つ上記の感染症リスクを想定した時、これらを旧来のまま実施する事は、どう考えても無理がある。

 現状、実施できそうな解決策は2点
①親苑を含む、別院級精舎への団体参拝の禁止、教徒を大多数に一カ所に参集させる取り組みを止め、各所在地における依処(教団施設)での分散した取組みに限定する。件のウイルスの国際的流行が、春節の大移動によって引き起こされた事を考慮し、教苑活動自体が更なる流行の媒体となる事は絶対に回避しなければならない。
②家庭集会へのネット活用
比較的見知った顏同士とはいえ、感染症対応において個人のプライベートな空間は最後の砦とも言える。持病があったり、介護を必要とする高齢者、乳幼児が同居している居宅に、普段より多くの人を招き、新型ウイルスを持ち込んでしまう愚は避けなければならない。プライヴァシーを安全に保てるネットコミュニケーションアプリを最大限活用し、リアルタイムなつながりそのものを最大限維持する事に取り組むべき。

 地球温暖化・気候変動の問題が叫ばれて久しいが、その影響の一つとして、感染症の拡大が懸念されている。この様な感染症の大流行が今後もまた起こりかねない事を考えると、21世紀の宗教における参集の新たな在り方を探るべき時に来ているのではないだろうか。真如苑が普遍宗教を目指すなら、避けては通れないテーマだろう。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf

                      南無真如

2019年10月24日木曜日

何が違うのか?

 先日10/22は、即位の礼正殿の儀が執り行われ、ために令和元年限りの祝日とされた。熱帯性低気圧に変わった台風20号による風雨が、首都圏でも昨日より続いている。 自分も自宅で中継を拝していたが、式の進行と同時に進んだ天候の回復、虹、富士山等の初冠雪等の報が、ネットではエンペラーウェザーと言われ大変な盛り上がりが見られた。



 おや?、こんな有様、いつも見慣れているような…
そう、真如苑で重要な法要の時に時折観られる、日暈や彩雲等が出た時の信徒の反応と同じじゃないか…。天候の回復を天皇の「力」と観る書き込みの何と多い事か。

「…『そら、幕府のやり方はむごい。一つ又一つと禁裏と寺院の勢力を奪ってゆくやり口も汚い。だが、それでも一気に潰しにかからんのは、それだけの力がわしらにあると云うことや。そやけど、それはわしが偉いからやないぞ。京の庶民たち、全国の庶人たちの禁裏に寄せる熱い心のためや。幕府がこわいのは、そっちの方や』…」
講談社文庫 隆慶一郎「花と火の帝」より

 小説からの引用だが、リアルな令和の世のネット民も概ね同じではないか。仮に上述引用内の地名や組織を、現代のものに当てはめたらどうなるだろうか…。

「…帝の血の中には、潜在的に強力な呪力の根が代々伝えられて来ているのではないか、御即位の後にとり行われる践祚大嘗祭とは、その血の中に眠る最高の呪力を解き放ち顕現させるための儀式ではないかと岩介は疑っているが、それだけにこの隠密の儀式を伺うことは岩介にも憚られた。…」
講談社文庫 隆慶一郎「花と火の帝」より

 では、天皇に神通力はあるのだろうか?。明治維新の神仏分離政策によって廃止されたが、密教が請来され、日本に定着して以降、古の即位の礼では、天皇は高御座に登壇の際、即位の為の密教儀礼「即位灌頂」が行われ、真言や印契の伝授を受けていたのだとか。

『…法要や儀式丈けで人の魂を救ふことは出来ない。おそらく文化人と称する人々は、此の掲示を見て笑ふだろう。そして私が盛んになれば、私に対する圧迫の道具としかねない。私はそれを見透して此の看板を出す。然し文化人と自負する人達は、表面で冷笑し、心は密かに求めるーー。そこに本当の宗教があると私は思ふのだ…』
中央公論新社ー中公文庫刊「真乗ー心に仏を刻む」より…



 即位灌頂は、密教儀礼によって天皇の地位を裏付ける政治的な意味合いと同時に、天皇の神通力を密教によっても裏付ける役目があったのではないだろうか。

 真如苑開祖・伊藤真乗は、表面上は否定しても、人々は不可思議現象を求めていると評すると同時に、涅槃経より「大乗の為にすべし、二乗の為にする事なかれ」を引用し、これを真如霊能の現代的意義として掲げている。

 かつて古の天皇は、国民を「おおみたから」と呼んだそうだが…、文明の爛熟した21世紀、令和の世の即位礼正殿の儀に、天候の不思議をみた我々日本国民は、何処に導かれようとしているのか。その本質的なベクトルは神と仏の間に相違はないと信じる。


花と火の帝

真乗ー心に仏を刻む
天皇の即位儀礼と神仏

2018年10月4日木曜日

開基八十年 敬老のお祝い(2)~秋季彼岸会~法前供

 前回の投稿から少々時間が空いたが、この間も九月の重要な法要が続く。苑主代表は9月23日の秋季彼岸会には登壇、御導師を済摂の形で務められ、文字通り一切諸霊を廻向。続く9月28日の法前供は「正五九の護摩」の「九」にあたるが登壇は教団職員に任せ、理供で祈り運ばれた。10月6日に控える開基八十年真澄寺大護摩供に向けての事であろう。

 真如苑発祥第二精舎ご宝前に、晩年の開祖が使用した法儀用の車椅子が展示されていた(現在も継続して展示されているかは不明)。バブルがはじける前夜、日本が未だ少子高齢化社会へのとば口にたったばかりの1980年代後半、介護サービス全体が今より未発達な頃に作られたものとはいえ、フットレストの角度調整やリクライニング・ティルトはおろか、手押し介助用のブレーキ・ハンドルさえついていない、文字通り椅子の下にキャスターを付けただけの、車椅子と呼ぶのもおこがましいこの危険物を見ていると、おそらくこれに感謝でお付き合いくださった、開祖の深く広い器に、我々が如何に包まれ慈しまれていたのか、その一端がうかがい知れようというものだ。

 真如苑にとってはある意味、その開祖伊藤真乗の遷化という大悲痛事によって、新たな時代の到来を痛感させた平成の御世も終わろうとしている。世間においては、昨冬の二度のインフルエンザの流行や今夏の酷暑等によるものか、一時代を築いた高齢な著名人の訃報が相次ぎ、日本を代表する平成の歌姫の引退、片や応現院の隣に昨秋出来て間も無いアリーナ立川立飛では、有名なテニスのトーナメントが行われ、最高の舞台での勝利への反感を、日本的マインドで受容して見せた、新たな若い日本の女王の登場に、立飛駅周辺は賑わいを見せた。

 昭和天皇崩御の際の大喪の礼に合わせて行った追悼法要が、開祖の最後の苑内公式法要の御導師であった事は、以前に述べた。それから三十年近く、日本の象徴であり、国民の安寧と幸せを祈り続けられた陛下が、時代の移り変わりとご年齢による御身体の衰えから、務めに深く思いを致し、皇室の後継の定まらない有様こそ、超少子高齢化に喘ぐ日本の国の姿そのものではないだろうか。


 「不徳の致すところ」とは恐ろしい言葉だと思う。全ての事を自分の責とする覚悟のない、後付けで理由を述べる事が当たり前の者が口にしてよい言葉では断じてない。現代の日本では「自分の振舞いが他に迷惑や誤解を与えた」といった意味合いに使われるが、古代においては人間社会の事ばかりでなく、天変地異や疫病、凶作等悪い事象の総てを、国の首長が自らの徳の無さと受け止めていた。こういった徳の無さが自覚された場合、み仏の教えに依って功徳の増益を図るのが古の常であり、神事を先としつつも、徳の尽きぬように仏の教えが重んじられていた。近世、孝明天皇まではご即位にあたって密教の灌頂儀礼が行われ、これに詳しい公達が印契や真言を伝授したそうだが…。



天皇と宗教

                             続く

2017年7月3日月曜日

活きた法流

 ここ数か月ほど、重要な法要に参座する際は、可能な限り開式より1~2時間ほど早く境内に参拝し、弁才天法の修法
を拝させて頂いているが、どうも修法にかかる時間の内、
笠法稲荷社殿での礼拝にかける割合が以前より長くなって
いる様に思われる。これは修法にかかる時間を実際に測った
訳でもないし、ましてや自分は加行を頂く身でもないので
単なる印象にしか過ぎないのだが、本日も同じ様に立会って
見て益々それが強くなった。もしかしたら修法の内実は、
弁才天法というよりは護法善神法とでもいうべきものに
なっているのでは…、と不遜な想像を巡らしている。
 以前、真如苑で霊示により笠法護法善神の真言が新たに
制定された事を報じたが、尊格に新たに真言が制定される
という事は只それだけに留まらない。大は法要の式次第や
修法に始まり、小は一般教徒の勤行に至るまで、新たな咒
をそれまでの修法の中にどの様に納めていくかという問題
があればこそ、発表から昨年の寒修行に至ってのお唱え初め
であり、更には今年の初午会まで段階を踏んでの、法会の
拡充だったのではないだろうか?。
 更にはそれ以前、「笠法護法善神の顕揚」が霊示された
背景には、真如苑の聖地復建は元より、先年平成25年の
伊勢神宮・式年遷宮や出雲大社・平成の大遷宮などによる
日本の神さまへの意識の高まりもあるのかもしれない。
真如苑(悠音精舎)では神仏習合について岡本彰夫氏の
講演が行われている。(歓喜世界249~251連載)
 常常この様な変化が、真如苑において様々に起るのは
真如三昧耶流が活きた法流だからであろう。活きている
というのは、常に内外に様々な変化があるという事である。

 「活きている」という事は、時として生々しい。涅槃経
の研究で知られる下田正弘氏も、以前苑での講演の中で
真如仏塔や開祖霊祖・両童子のみ像への参拝について
「ここは分水嶺」と評されている。現代社会に生き、人権
等の様々な観念を発達させた我々にとって、現在進行形で
こういう事があると、受容れ難い感覚に執われるのも無理もない話かもしれない。数か月前にもこんな投稿があった。
 しかしながら、時宗の一遍上人や、浄土真宗の親鸞聖人
等の祖師信仰という観点から真如苑を見た時、それほど
不自然な事をしているとはいいがたいのだ。

                   南無真如



2016年4月8日金曜日

立教80年降誕会に思う -苑史の陰に-

 昨日の雨にも関わらず桜は保った。寧ろ散った花びらが風情を
増している。四月八日は降誕会、釈尊の誕生を讃迎すると共に、
真如霊能の礎となった真導院の誕生日でもある事から、併せて
これに祈り向けていくものである。

 もしかしたら荻野は「親」と「親代わり」の違いを、何か意識して
しまったのではないだろうか?。16歳で亡父の遺言により開祖
の「親代わり」としての庇護の元明敏な才覚を発揮し教務総長の
重職に就いた荻野。方や10歳にして、本尊加持の霊能を始め、
人格等宗教家としての天稟を示し周囲の信頼を集め、法嗣として
「親」の期待を受ける真導院友一。当時、師の家族と内弟子が
起居を共にする濃密な人間関係の中、教団の将来(後継問題)
を軸に、明敏で立ち回りの巧い荻野と、対照的に、純粋で真っ
すぐな性質の友一が、ともすれば対立的な雰囲気に陥っては
いなかっただろうか?。勿論、開祖にしてみれば二人が手を取り
教団の将来を担って行く事を期待した事と思う。苑内刊行物には
友一の荻野への反駁を「目上への口答え」として開祖が窘める
エピソードが載っている所を見ると、開祖には既に危惧があった
のかもしれない。もしかしたら荻野はその生立ちから、未だ肉親
の愛情を求める気持ちが強かったのかもしれない。それだけに
総親の友一への法嗣としての期待が膨らむ程、自分の立ち位置
が内弟子でしかない事を意識せざるを得なかったのではないだ
ろうか。こうなると開祖の水晶の念珠を荻野が持ち出した逸話も
自分の法流継承の正当性を訴える事で愛情を得ようとした行為
との見方も成り立ちそうだ。この様な状況に輪をかけたのが周囲
の無理解ではないだろうか?。現在でもよく聞かれる批判だが、
総親への崇敬から義憤に駆られ、荻野の行為のみを追及する
ばかりで、そこに陥る筋道を自らに直視する姿勢を欠いたが故に
結果、荻野をして教団を存亡の危機に追い込む行為に走らせて
しまった、当時の教団事務局員達にも責任の一端はあると思う。
 かくて友一が法嗣として光り輝くほど、その陰に荻野の心の闇
は深く濃く、増上慢に陥る事で自らの個我を守ろうとした。結果
教団の存続の為に、未来の法嗣は霊界にその働きの場を移さざ
るを得なかった。こうした苦難の先にかの非法の弟子をも救わん
と、開祖が国訳一切経に取組む中、大般涅槃経が見出された事
を尊く見つめなければならない。

 どうも法流継承というのは師弟の愛情と、法の序列の問題が
分ち難く結びついているので、拗れ易い様に見える。ましてや
真如苑では師が肉親だったのだ。開祖遷化の際に、苑主代表
と真玲猊下が微妙な関係に陥ったのもこれが原因と思われる。
 長年苑史に触れる度、とある識者が「お家芸」などと揶揄する、
一連のいざこざを見るに、何故にこう拗れるか腑に落ちなかった
のだが、アドラー心理学でいう所の出生順位の考え方がこの件
に一定の視座を与えてくれた。兄弟が親の愛情の獲得を巡って
対立するものとするこの考え方からすると、当時ご家族が歩んだ
苛烈な道開きの過程に、通常なら問題にならない親子関係の
ストレスも、過大に影響する事が想像される。当時を回想する
開祖親教と、参考にした資料を照らし合った時には心がどぶ泥
に沈む思いがしたものだ。

 はっきり断っておくが、別に今更荻野を擁護したい訳ではない。
苑内で昭和25年の法難が語られる度、荻野の心理の掘り下げ
が全くされていない事に違和感を感じていた。またこの点を理解
しなければ荻野と同じ迷いや過ちに陥る事は防げないと思える
からこそ、立教80年のこの時、長年腹中にあったこの疑問を明
らかにして置きたかったのだ。

「例え、魔女が生まれなくなった世界でも、それで人の世の呪いが消え失せる訳ではない。世界の歪みは形を変えて、今も闇の
底から人々を狙っている。」
『魔法少女まどか☆マギカ 第12話 暁美ほむら』

 確かに、苑主代表は次期後継者を教団職員から指名したが
それでもこういった掘り下げが無意味とは思わない。俗に言う
「兄弟は他人の始まり」家族は社会の最小単位だからだ。

 四月初旬発刊ARAN with SHIN-NYO No.4の高橋伴明氏への
インタヴュー「善美と醜悪の境界で」を読んだ。氏の言う通りに、
人間が”真善美”と対立する”偽悪醜”を併せ持つなら、この法会
が意味する所が美しく讃迎されるだけでなく、その陰にあったもの
をも正しく見つめられていかなければならない。

                               南無真如


2015年3月28日土曜日

この始末、どうつける?(その3)

 先月24日に発行の歓喜世界245号に、藪内佐斗司氏への
特別インタービューが掲載されていたので、巻末の返信葉書で
以下の様な投書をした。

『Q4今回の歓喜世界をお読みになったご感想・ご意見を
   お聞かせ下さい(葉書アンケート質問より)

 P28~「藪内佐斗司先生インタビュー」について
氏の言葉を直接教徒に届けた点は評価しますが、
遅きに失したと思います●。また、氏が自サイト

にて未だに
おおぞら地蔵の原型彫刻を個人的開運ビジネスに
使用している点を鑑みるに、論旨としても弱いと
言わざるを得ません。

                      南無真如』

 昨年8月におおぞら地蔵入魂の儀が行われてより、半年以上
が経った今、どの様な経緯でプロジェクトが進められたかは問題
ではない。おおぞら地蔵様は、もう真如のみ仏として応現院に
訪れる沢山の人々の祈りを優しく受け止めてくださっている。
自分も訪れる度心を籠めて手を合わせている。唯一の問題は
上記投書の様な行いを未だに続けている藪内氏が、地蔵池の
製作に今後も関り続けるのか否かの一点に尽きる。まあ、
年が明けた直後ならともかく、春を迎えた頃になって新しい
カレンダーがそれほど売れるとも思えないが…。

 去る2月24日、応現院にて行われた特別廻向法要において
苑主代表は法要の参座・奉仕の教徒と併せ、苑外のスタッフ
への感謝を「協力がなければこの法要はできなかった」と述べた。教苑の諸活動が社会に広く大きくなっていくにつれ外部の
協力者との繋がりは重要になっていくだろう。おおぞら地蔵も
そういった繋がりの所産のひとつなのだろう。

『煩「本当ですよ。先生はねー本当に(真実の
 意)信仰していった時には幸福になれるんで
 すよ、悪い因縁を切って幸いになれるんです
 よーというのですけれど、幸福になろうとい
 うこと自体が望み事を願っていると思うんで
 すよ。そしてね、小さな欲をかかないで大
 きな欲(本当の意味は如来に生きる)を求め
 よ、って教えてくれたんですけどね、小さ
 な欲をを願ってはいけないというのに、どうし
 て大きな欲を願えというのですか?」
 ・・・・・・・・・・・・』
(旧『一如の道』霊妙編・第五章 霊劇
 一、真如一如・小欲と大欲 より)

五秘密曼荼羅

 昨秋、渋谷区立松涛美術館開催の『み法に守られし醍醐寺』を
観に行く事ができた。展示の目玉の過去現在絵因果経も圧巻
だが、自分はむしろ上の五秘密曼荼羅に感ずる所があった。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・金剛薩埵は密教独自のほとけ
 で、大日如来の所変である全ての菩薩の中でも
 根本的な存在である。他の四菩薩は、欲・蝕・愛
 のように性愛、あるいは慢(心)といった人間の
 基本的な欲望、しかも仏道修行には障害となる
 とみなされる煩悩を名前に持っており、このよ
 うな菩薩が金剛薩埵と一体になることによっ
 て人間の煩悩も本来は清浄であることを示し
 ているという。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(『み法に守られし 醍醐寺』パンフレット・
 作品解説・13.◎五秘密像(五秘密曼荼羅)より)

 おおぞら地蔵にしろ、ららぽーと立川立飛にしろ、本年は色々
と大きな動きがある年になりそうだ。前回の憶測の真偽は兎も角
これらが何か軌を一に動いているのは間違いないと思う。これら
の苑内外関係各位を如来に生きる清らかな境涯(真如苑への
入信の事ではない、念の為)に導くのが、去る1/25に苑主代表
と共に、笠法護法善神の新たな真言を唱えた、真如三昧耶流の
修行を護摩法まで法畢した、鳥飼尚之次期苑主、長塚充男
教務長、西川勢二教務長補佐ら12人の教団の重役の使命で
あり、我々一般教徒の代表としての責任では無いだろうか。
こういった中に、上記藪内氏の所業の解決も見たいと思う。

                              南無真如
 

 

2015年3月26日木曜日

この始末、どうつける?(その2)

 3月21日、多摩モノレール立飛駅では、今秋東側に開業する
予定のららぽーと立川立飛の為に、改修工事が進んでいる。
多摩モノレールの線路を挟んで応現院の向かい側に超大型の
商業施設が開業する事になれば、土日祝日等界隈に賑わいも
増す事になるだろう。教団が一如社グループを通じ立川バスに
業務委託している最寄駅~応現院直行バスも、応現院の多摩
モノレール側ロータリーを一般開放すれば、ららぽーとに訪れる
人々への対応は容易なのではないかと思える。
 去る1月25日、苑主代表は今年度寒修行にて

①おおぞら地蔵の浄水供養は秋季彼岸会までに環境整備する

とした。丁度ららぽーと立川立飛の開業と、おおよそ同時期に
なる様だ。この点を踏まえた上で改めて昨年の親苑時報8月号
の苑主瑞教を読んで見る。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 開眼の後には、境内に地蔵池を造る予定です。②この池は
聖地親苑のある立川市の形にいたします。真理の蓮が咲き、
その上にトンボ(プロペラ)に乗った地蔵尊が降臨される
イメージです。近隣立川の方々に応現院へ気軽に足を運び、
四方の浄水供養など親しんでいただきたいと願っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
』

 もう一点、おおぞら地蔵は開眼当初より③写真撮影自由との
扱いとなっている。これは今までの応現院境内に祀られた他の
尊格、天地両護法善神は元より純陀群像やチューラパンタカ像
でさえ黙認されていたのに較べるとこれは破格の扱いである。

 上記赤字②③に加え

①秋分の日までに浄水供養≒ららぽーと開業

 に気がついた時、この「お地蔵様プロジェクト」の締め括りと
なるおおぞら地蔵の、もうひとつの企画の意図が見えてくる様に
感じた。ららぽーと立川立飛を誘致した立飛ホールディングス
よりの借地に応現院は建立された。立飛ホールディングスの
経営課題に、現状賃料と言う形で応えている真如苑だが、
地域社会への貢献という観点から、それ以上を目指した結果が
せんとくんによる奈良県地域社会マーケティングに多大な実績
を持つ藪内佐斗司氏を境内地蔵尊の製作者に抜擢した真の
理由であり、応現院に参集する不特定多数の教徒を、誘致する
大型商業施設の潜在的顧客としたい立飛ホールディングスと
広く社会にみ教えを発信していこうとする真如苑の意図する所
が一致した結果なのではないか?。

「(仮称)ららぽーと立川立飛」イメージ


                                 …続く



 

2015年3月23日月曜日

困ってしまう。(その2)

 いや、別に困る事でもなんでもないのだけれど…

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 童子は、もはや、子供の姿をしていなかった。
 小さいなりに、鬼の姿をし、しゃべるたびにその口からは青い炎がめろめろと吐き出されてく
る。
 鬼は、切り株から離れて晴明に向かって襲いかかろうとした。
「晴明!」
 博雅が、松明を捨て、腰の太刀を引き抜いたその時_
 晴明は、自分に向かって来ようとした鬼に右手の人差し指と中指を向け、宙をその指で切り
ながら、
「オン・テイハ・ヤクシャ・バンダ・ハ・ハ・ハ・ソワカ」
 真言を唱えた。
”薬叉天に帰命す。縛せ縛せ。ハハハ。あなかしこ”
 すると、ふいに、鬼が動きを止めた。
「そ、それは、おまえ・・・・・・・」
「庚申(こうしん)の真言さ」
 晴明が言い終えぬうちに、くねくねと鬼の身体がたたまれて、ごろんと草の上に転がった。
「むう」
 博雅が、太刀を手にして駆け寄ってみれば、それは木彫りの邪鬼であった。
 ちょうど、広目天の足に踏まれているように、身体をふたつに折って、そこに伏せになってい
た。
「いや、もとはその切り株に繋がっていたものだからな。その切り株から離れてもらわねば、こ
ちらも方法がないところだった・・・・・・」
「つまり、これが、玄徳が彫っていた広目天の邪鬼なのだな」
「そういうことだ」
「今の咒は何だ?」
「大和真言さ」
「大和真言?」
「真言はもともと天竺でできたものなのだが、この真言は、大和の国で造られたものなのだよ。
真言宗の仏師が、四天王を彫る時には、この、庚申の真言を唱えるのだよ」
「そういうことか」
「そういうことだ」
 そう言って、晴明は、ふと、横の切り株に眼をやった。
「ふうむ」
 その切り株に歩み寄り、晴明は、その端の木肌に触れた。
「どうした?」
「博雅よ。これはまだ生きているぞ」
「生きてる?」
「うむ。他の部分は、ほとんど腐れ果てて死んでいるが、この部分だけは、まだ、微かながら生
きている。この下に、よほど強い根があると見える」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(夢枕獏著『陰陽師・飛天ノ巻』収録「天邪鬼」より)

 さる1/25。真如苑の地霊系護法善神である笠法稲荷大明神に
新たに真言が制定された旨発表を聞いて思い出したのが上記。
 田中公明氏が教団施設内でオンエアのVTRで、開祖謹刻の
涅槃像をして阿闍梨が自ら尊崇する尊格を自由に選べる事を
「阿闍梨の意楽(いぎょう)」と述べていたが、苑主代表が新たな真言を造る事もその一つなのだろう。
 だがこの『天邪鬼』、改めて読んでみると、新たな真言の創造
だけでなく、四天王、初版が1995年(つまり丁度20年前=
阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の年)等、本年の教苑を
意識させるようなモチーフが妙に目に付く。上記引用した中の
強い根も地の力を想像させる。


陰陽師 飛天ノ巻

 苑主瑞教を聞きつつこんな事を…、我ながら呆れたものだ。

                              南無真如

2015年1月18日日曜日

阪神淡路大震災犠牲者追悼 -平成7年(1995)を振り返って思い出す事-

 2015年1月17日5:46。阪神淡路大震災から20年。
現地では追悼の集会が開かれ、自分も黙祷(というかコメント)
する。真如苑でもこれに参加、祈りを運ばせて頂いたとの事。

 黙祷を捧げたせいか、急に当時の事が色々と思い出される。
当時、既に立川市に在住していた自分はTVニュースでこれを
知り、驚愕とともに何かしたいという思いと自身の無力感の間
で、報道に耳を傾けつつ静かに現地の無事を祈っていた。
 また、先年秋に地域の鎮守である諏訪神社が不審火によって
社殿が消失、震災後も地下鉄サリン事件や、親苑と同じ柴崎町
にある普済寺が放火に遭い、当局からも

「次は真如苑ではないか」

と警告を受けたという話を聞いた事がある。この様な地域社会
の雰囲気の中、当時の信徒のコミュニティ内では「護る」気運
が高まり、心ある立川市地域在住教徒は、教団の奉仕活動は
元より地域社会の防犯活動にも積極的な取組みが展開された。
 当時は、現在の応現院の様に警備会社のサービスを受ける事
もなく、親苑副門に市販の家庭用ビデオカメラを設置してみたり
奉仕教徒も殆どがセキュリティの素人だったにも関わらず、緊張
した雰囲気の中、不審な事件が周辺で起こる事はその後無くな
っていった。それにつれて副門前に設置したビデオカメラに電源
が入れられる事もなくなり、遂には撤去され、教団施設間を行き交う職員達も自分のネームプレートを晒したまま行き交う姿も
見られる様になり、秋辺りには平穏な雰囲気を取り戻していた。
 もし今でも親苑が当時の様な雰囲気だったら昨年秋にあった
教団職員が刺傷される事態も未然に防げただろうか…。

 平成7年の出来事としてもう一つ大きな出来事といえば
やはり地下鉄サリン事件だろう。だが、ここで触れたいのは
この事件そのものではない。同じ年に日本において起こった
Windows95の発売によるインターネット普及との相乗効果に
ついてだ。まず一連の地下鉄サリン事件の報道によって
日本社会全体に宗教への嫌悪感や危険視する風潮が決定的
になったのは間違いないと思うが、これを当時個人レベルで
普及したインターネットが増幅したのではないかと言いたい
のだ。当時、インターネットが社会にどの様な変化を起こすか
についても充分な予見が確立していたとは言い難いが
この点について早期に着目した宗教人を私は寡聞にして
聞いた事がない。これがいわゆるアンチ某(宗教団体名)等と
呼ばれる人々を生出す土壌となり今日に至っている。
まさに日本近代宗教史上最大の不幸ではないだろうか…。

                                南無真如



2014年12月28日日曜日

2014年秋を振り返って

 明日は納めの法前供。今年最後の護摩でもあるので、9月以降
色々気になる動きがあって、久々に綴ったこのブログも今年の
着眼点を纏め一旦納める事にしよう。


 先日12月23日、応現院総部会にて、苑主代表より

   「明年はおおぞら地蔵様の浄水供養」

との発表があった。これに合わせて地蔵尊の周辺環境整備も
行われるものと思われる。仮令原型とはいえ真如のみ仏として刻んだみ像を、製作者自身の世間的な開運ビジネスに供する事、その様な行いがおおぞら地蔵様の荘厳に相応しいのか、
今後とも注視していきたい。尚藪内氏のサイトの画像からは確認
できなかったが原型のおおぞら地蔵が手にしている輪宝は
真如苑の意匠であるようにも私には感じられる。

あれ以来、事件現場となった慧燈院通用門には警備員が終日
立哨し、教団施設間を往来する職員の眼に怯えの色が浮かぶ。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「僕は検事になって、悪い人間を裁くんだ」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「友一、お前自身を責める人々を愛していく、
  それが神仏に仕えていくことなのだ」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(歓喜世界244号・苑主瑞教より)

ここ数年、折に触れ苑主代表が

「事務局員は聖職者」

と述べるのを良く見るが、この出来事はそれが真になるか否か
の試金石ではないだろうか?。開祖の諭す宗教家のあるべき
姿から、教団はこの事件を被害者として追求しないのでは
ないだろうか?。この場合真相は伏せられて行くのだろうが…



 700万年の昔、アフリカで人類が発祥してより、世界中に
拡散していく道筋を、考古学者ブライアン・M・フェイガンは


と名付けた。これを探検家関野吉晴氏が終点の南米大陸
から始点のアフリカ大陸まで近代的動力に頼らずに踏破した
道程が紀行ドキュメンタリーとしてTV放映されたのはまだ
記憶に新しい事と思う。



 同じ9月に北米で行われたNY灯籠流しと「火と水の法要」
として一纏めに扱われる事が多いペルー済摂護摩だが、
発祥に祈り運ぶ法会だったのに対し、今回は人類の到達点
である南米大陸で行われた事に着目したい。真如苑は今まで
も世界各地で法会を行ってきたが、アフリカ斉燈と南米済摂
の二つの法会によって真如の祈りが人類の発祥から到達点
まで届けられたとはいえないだろうか。余談だが、寡聞にして
この様な異なる見方を法憧において聞いた事がない。法憧に
関わる教団職員各位は奮起されたい。




終りに

 去る12月8日成道会、苑主代表は法要後各々内陣左右に
分かれて着座している登壇者を指し

「(内陣下手事務局員を指し)この人達が聖職者で、 (内陣上手部会登壇者を指し)この人達が皆さんの代表なんです」

と述べた。これを聞くにどうも、自分は苑主代表から見て、
教苑秩序の破壊者と映っているのだろうかと思える。
おおぞら地蔵の件では愛苑の声への投書を公開書簡として
このブログで明らかにし、まるでこの件における一般教徒代表
の様に意見した自分は、確かにそれまでの教苑のルールから
外れた行動をした。何故こんな行いが出来てしまったのか?。
 せんとくんによる奈良県地域社会に起こされた騒動を知る人
ならば、藪内氏は造形製作における「いわくつきの人物」と
既に多かれ少なかれ印象付けられていた筈であり、仮令地蔵尊
製作者として苑主代表のみ仏の眼によって選ばれた人物でも
多くの一般教徒が無意識に感じていただろう違和感や抵抗感は
「信」によって棚上げされるには重い物があったのではないだろうか?。私自身完成したみ像を見る限り、苑主代表の選択を間違ったとは思わない。一番の問題は教苑事務局が事を運ぶに
当たって、教苑の決定の支持が「信」によって得られると安易に
受け止め、一般教徒の理解を得ようと努力しなかった事にある
のではないか?。その様な歪みに私の発言する余地があり
真如霊界の後押しを頂く結果となったのではないか?、今振り
返ると、これを予感させる霊言を私は2つほど頂いていた様
なのだ。

 総じて、今後の教苑事務局に何が必要なのか示す事象が
色々とあった秋と言わざるを得ない。

                            南無真如







2014年11月21日金曜日

この始末、どうつける?

 10月20日、立川は午後から雨。今季一番の冷え込み。
 境内の地蔵尊は未だ周辺環境の整備が始まっていない。
自分の反対意見が進捗を遅らせているとすれば心苦しい。
蜻蛉も安息の池が必要だろう。

 『ポゼスト(障害霊)を背負う智文を抱いたまま御宝前に祈り
続けている時、一つには八つざきにしても飽きたらぬポゼスト
への憎悪と、二つには夫・主管(註・当時私を、主管と呼んで
いた)が眼の中に入れても痛くない智文ー私にしても抱いて
愛撫する可愛さは主管と変わりはないのでありますがー
ポゼストへの憎悪と、何ものにも変え難い長男という情愛の、
二つを一つに持った智文を膝の上に抱かねばならない私の
胸の中は、自分で割り切れぬ切なさと、得体の知れぬ悲しみ
とが胸にこみ上げてくるのでありました。
             ---以下略---』
「一如の道・草取信仰」より

 応現院境内に参拝し、おおぞら地蔵様に手を合わせると
何故だろうか、上記が心に浮かぶ。
 私は藪内佐斗司氏が製作者に選定される経緯には納得して
いないが、実は地蔵尊そのものについてはそれほど拒否感を
抱いている訳ではない。むしろ薮内氏の芸術家としての個性と、
彫刻家・仏師としての祈りが良くバランスした傑作ではないかと
思っている。是非ご自身のサイトでも喧伝されたい。

 かつて親苑のご霊廟の仏塔を刻む際、製作を請負った
溝田童仙氏は教団側担当者にこれを如何に刻むか質問した時

   「仏の世界」

との答えが返って来たそうだが、境内地蔵尊の周辺環境整備も
同じではないか。故に個我の主張の場にしてはいけない。また、
おおぞら地蔵様も真如のほとけとして刻まれたのだから、いくら
製作者であってもビジネスに供するのは肯定できない。

 一つここで提案しておきたい事がある。
境内地蔵尊は、両童子傘寿喜寿の祝賀の為、もう一つには
これが青年会60周年記念を祝しての荘厳でもある。よって、
おおぞら地蔵様周辺環境整備を如何様にするか、今週末に
催されるWORLD YOUTH FESTIVAL 60において、結集する
青年自身が決定してみてはどうか?。薮内氏がこれにどの様に関与するかも青年自身が判断する。関係各位は検討されたい。

 先のせんとくんへの批判に続き、今度は真如苑で同様な発言
をする私の様な存在が居た事に、薮内氏もさぞうんざりしているのではないだろうか。ここで私が問題提起したかったのは藪内氏
ご自身ではなく、藪内氏に地蔵尊の製作を依頼する教団内の
非民主的な経緯である。また、一庶民がこの様な大きな問題に
アプローチするにあたっては、身一つで赴いてもけんもほろろの
扱いをされるのが関の山であって、私にとって唯一確実に実行
しうる手段は、一つのハンドルネーム「名も無いまめぞう」にて
多くの発言を蓄積し、ネットの様なツールによってそこに自身の
人格を表現していく事しかなかった事を、どうかご理解頂きたい。

 最後に、おおぞら地蔵様、両童子様、苑主代表、
藪内佐斗司先生、顕幽の応現院境内地蔵尊建立関係各位の
皆様、千載一隅の祝賀の機会にこの様な記事を書いた事、
本当に申し訳ありませんでした。

                               南無真如

 

 

2014年11月17日月曜日

ある懸念

ある懸念が胸を離れない。

 ヤフー知恵袋での発言を控えてから早3年。発言を控えても
時々はログインし、投票などもしていたのだが、今年7月以降
目立って発言を鈍化させた一人のアンチ真如苑が、件の事件
以降妙に目に付いた。

 まず、件の事件についてのアンチ側の発言を紹介しておく。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11136923981

http://hiirored.blog31.fc2.com/blog-entry-113.html

 以前紹介したアンチ以外の顔ぶれも見られる。質問主の
鑑定霊言氏以外は全体的に発言のテンションが低めである。
まあ、当然と言えば当然だろう。真如苑について長年良からぬ
心情を吐露してきた訳で、ここで容疑者肯定の過激発言など
しようものなら、事件への関与を疑われても仕方がない。
 とはいえ、真如苑について色々述べるには絶好の機会でも
あった筈。しかしこのアンチ氏だけが頑なに沈黙を守っている。
何故だ?。

 思い切って禁を破りこんな質問を投稿してみた。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10137880070

 結果は見ての通り、アンチらが押し寄せてうんざりする様な
書き込みをするかと思いきや、けんもほろろのこの扱い。
代弁IDが一件、回答しない理由を述べたきり。
 それにしてもレスポンスがないのは何故か?。この質問に
ついて私を批判するなら、別に質問を立てる、ブログで述べる。
掲示板もある。ツイッター(全然使われてないけど)もある。
自分にとってやり易い環境での発言がいくらでもある筈。

 この3年間、彼らにも色々な変化があった。反苑の会掲示板は
失われ、新たに設けられた議論掲示板、相談掲示板もその総て
を見ることが出来ない状態にある。いわゆるパロディサイトも
設けられたが、こちらは教団がこの様な対応をしている事から
もしかすると法的措置も取る事が可能なのだろうか…。
 また、私以外にも教信徒を名乗るIDがヤフー知恵袋に
立ち上がり、アンチらが対処に追われる姿も見られた。
(公の場で真如教徒を名乗る我々は、アンチの批判に執われる
事なく、その振る舞いを常に省みたいものである)
 総じて、ここ3年世間の宗教に対する認識は相変わらずだが、
彼らの言う所の被害記録や議論の蓄積を失ったアンチ真如苑
は、ある点衰退したと言って良いのではないか。それだけに
「この人達は一体何処にそんな暇があるのだろうか」と思える
ほどネットへの書き込みを繰り返してきた彼らの中心人物である
彼が、その結果に絶望し遂にリアルでの道に外れた行動を
起こしてしまったとしても不思議ではないのではないか。

大般涅槃経高貴徳王菩薩品の結びの章にこうある。

『善男子よ、我が涅槃の後に、声聞の弟子が
現れる。その者は愚かにも戒を破り、喜んで
闘諍し、仏の経を打ち捨て、正法以外の典籍
や文書を読誦し、不浄な財を受け蓄えながら、
「こうした行為は仏から許された」と偽る。
 このような悪比丘は、在家の仏教徒達に、
「自分は煩悩を滅し無漏(むろ・さとり)を得た」
と告げ、仏法の甘露を毒薬に変えてしまう。
 すでに如来が入滅して、この涅槃微妙典が
世間に広く行われ流布される時、弟子達が
この経を受持し、読誦、書写、演説する者は
悪比丘により殺害されかねないであろう。
 悪比丘たちは聚まり、厳格な掟もたてる。
「かの涅槃経を受持する者とは、決して共に
生活、行動せず、談論さえもしてはならない。
 なぜなら、涅槃経とは仏が説かれた教えで
はなく、邪見の徒が造ったものだからである。」
      ………以下略………』
歓喜世界240号「最後のみおしえ」より

いわゆる歴史的視点から以上を見た時、これは大般涅槃経を
編纂した人々が、これを当時の社会に明らかにした時の反響
を予見したものであり、涅槃経により自らの存在意義を脅かさ
れたと感じる人々が居たのではないかと自分は愚考しているが、
ヤフー知恵袋等のアンチ真如苑の発言がこれによく軌一して
いるのはとても興味深い事である。

それだけに件の事件の容疑者が実は彼だったのではないか…

そんな懸念が心を離れない。