2014年10月11日土曜日

「真如苑立川総本部教団職員傷害事件」について②

 10月11日正輪会。台風19号が来る前の最後の晴れ間に
なるかも。苑主代表の御導師により十一面観世音様への供養
が行われる。行者は修法により本尊と一体となると言うが、
不退転の覚悟を定められた苑主代表もきっと十一面観世音様
と共に祀られている四天王の守護に預かるのだろう。

 前回の続き、供述②

けがをさせたのは間違いないが人とは思わなかった

について。個人的な印象の話になるが、どちらかと言えば自分は
真如教徒の中でもその規範からの逸脱の度合いが大きい部類
に入るようなので、信徒のコミュニティの中でもどちらかと言えば
「困った奴」と見られがちの様なのだが、これを教団職員に向けた
時に返って来る眼差しを「人とは思えない」と思われている様に
感じるのが常である。件の容疑者氏も自身を「精神障害者」として
警察に相談に行った位であり、供述を「意味不明」と報道されて
いる事から、(もし元信者であった事が本当なら)教団職員の
奇異の視線に向き合う事もあったのではないか。この様な視線を
向けられ続けたとすれば、向けられた方も相手を奇異に感じる
のだはないだろうか?。こう考えてみるとこの様な状況を生む
雰囲気が何故生じるのかが少しは理解できる様に思う。

 供述③「意味不明」について、教団と警察当局がどの程度
綿密に情報交換しているのか不明なのだが、事情聴取を担当
する警察職員はどの程度宗教や真如苑に明るいのだろうか?。
容疑者を「元信者」と確定する以上、警察から教団への
所属の有無の問い合わせ位は必ずあった事と思うが、公式か
非公式かを問わず、警察当局が供述情報を教団へ漏らして
その内容の意味を確認するとまでは思えない。それだけに
本当に意味不明な供述なのかどうか?。案外一般教徒が
さらっと聞いてみたら犯行動機の核心に迫れるかもしれない
とも思うのだが…。教団内の通達でも「意味不明」との取扱い
なので、裁判の傍聴でもしない限りこのまま供述内容も日の目
を見る事はないのだろうし、きっと教団としてもこれを成り行きに
任せたい意向なのだろう。

 今の所自分は奇異に見られたからと言って人を刺したいと思った事はない。しかしもし「ペンは剣よりも強し」が真実であるなら
筆(言論)によって教団事務局を斬ろうとする自分の方が、
ある点件の容疑者氏より余程罪深いのではないだろうか…。


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