2011年8月2日火曜日

大願(その五)

「義父上、母上。今まで有難うございました。」
一条長成卿とその妻常盤の前に、一人の若者が伏した。
「義経殿。人と成られたな。いや、目出度い。」
「牛若、いや義経殿。おめでとうございます。」


「頼政様、誠に有難うございます。相国入道様のお沙汰で
仏門に入らねば成らぬ定めの所、人と成る事ができました。」
「いや、これも源氏の生き残りとしての務めの一つ。それに、
出立前にこれだけは済ませておかねばなるまいて。」
烏帽子親の源頼政が応えた。既に源頼朝を始め、多くの
源氏の遺児を救っている頼政である。
(そのまま行ってしまっては遠流と変わらぬからな。)
と、頼政は心の中で呟く。
「義朝公も慶んでおられよう。」


「奥州では、まず藤原基成様や資隆入道様の御母堂様を
尋ねるが良いだろう。」
そして用意してあった幾つかの文が義経に渡された。
「名残は尽きぬが時が惜しい。わが甥の深栖頼重が待っておる。」
頼政が促した。


「今日までのご恩は忘れませぬ。ではこれにて…」
「どうか達者で…。」
「くれぐれも、この事は内密にの。」
「心得ております。頼政様。」


 その晩、鞍馬山…。
「吉次か?。」
「はい、頼重さま。」
金商人の吉次が山門の陰から姿を表した。
出立に際し毘沙門天に参拝する。この山もこれで今生の見納め
かもしれない。そう思うと決して慣れ親しんだとは言えない鞍馬山
の闇深さも、何故か名残惜しく思われてくる。修行と勉学に励んだ
日々が懐かしく思い起こされる。。
麓に下りると、奥州行きの手勢が夜気に溶け込むように控えて
いた。
暗がりから微かに伺える手勢の面々のなにか狼を思わせる相貌と頭数気圧される義経。
「黄金を遥々奥州から運んで参るのです。この位は当然ですよ。」
頼重が僅かに得意げに答える。
「出立じゃ」頼重の声に、
「応!」手勢が低く答える。


(自らの前途に何が待ち受けているのか思いもよらないが、
かくなる上は、いつか必ず源氏の旗を掲げて見せる!。)
不安に負けまいと必死に心中に期する義経だった。


承安四年三月三日、源義経、奥州出立の晩…。

0 件のコメント:

コメントを投稿