2022年3月2日水曜日

昔語り


  誰もが、その人に注目していた。

 老いも若きも男も女も、誰もがその人の名を呼び、その人に拠っていた。だがその人は、すでに髪も真っ白く、足を痛めて動作も緩慢、老いた体を引き摺る様に自分を呼ぶ声に懸命に応えておられる。


みんな、この人がいなかったら生きていけないんじゃないだろうか


 家族での入信と前後して、老いた肉親の死を一回だけでなく間近に体験していた自分には、その人の老いた姿から、どうしても別離の時期が近い事を予期せざるを得なかった。

月並みな表現しかできないのが申し訳ないが、尊敬に値する立派な見事な方の様である。きっと多くの人々に慕われるだけの行いを長年積み重ねてこられたのだろう。それだけにこの人の喪失が、このコミュニティにもたらす衝撃と混乱の渦の大きさの計り知れなさに、末端の一般信徒に過ぎない身の自分が、


この人がいなくなったら、この教団はどうなってしまうのだろう


などと真剣に心配していたのだから……


その心配は現実のものとなった。


平成元年七月十九日、開祖伊藤真乗遷化。伊藤真聰苑主の真の後継者としての苦難の道のりが始まった。


南無真如

2022年3月1日火曜日

これからの「在り方」②-2022真如特別法要~法前供

 よりによって、今年のこんな日に…

こんな事が起こるなんて…

 こんな事が起こるなんて、十年前のあの日には思いもよらなかった。ただ「心を残してきました」なんておっしゃっていたとの伝聞があったので、苑主代表には何か予感があったのかもしれない。事実、このわずか二年後の2014年、プーチン大統領によるクリミア半島のロシア併合が行われている。そして昨年後半からの不穏な動きが現実のものとなったのが、今年の真如特別法要(2/24)だったのだ。2022年二月の最後の週末、ロシアのウクライナ侵攻に国際社会は驚愕と反発を強めつつ、事態収拾の方途の模索が始まった。

 真如苑は、本日(2/28)の法前供において、戦乱の早期鎮静を祈念し、人道・医療への緊急援助として2000万円の拠出を発表した。

 最初に真如特別法要を紹介した時、自分はこれを日本の天皇制との関連でとらえていたのだが、昨年の二月下旬に語られた、苑主代表が夢で開祖と共に法要の修法を行い以心伝心で指導を承けたという話を聞くに、この法要の持つであろう潜在的な意味合いが一つ見えたような気がする。開祖の最後の法要が昭和天皇の追悼だったのは、確かに間違いのない事実である。開祖はこの真如三昧耶流創立の過程で、真言密流相承にあたり、日本の霊的伝統にその身を深く鎮めるが如くに関わらせたのでは。だからこそ後継者たる苑主代表は、開祖を土台に世界に飛躍する事ができたとは言えないだろうか。その上で、文字通り世界平和を目指した開祖が、苑主に伝えようとした核心が、この真如特別法要に内包されているのかもしれない。

 思えば、開祖伊藤真乗の遷化と期を一にして、ベルリンの壁崩壊~東西ドイツ統一・冷戦終結と、伊藤真聰苑主の在位が始まってから三十年余り、昨年行われた総本部の新第二精舎起工式より、教団後継・鳥飼尚之氏の姿が頻繁に見られるようになり、昨年の今頃の苑主代表の御不例など思い起こすに、緩やかな教苑の世代交代の進行と同時に、2020米大統領選や、香港等における民主主義的自由と国家の権威の対立、などに観られるように、まるで二十世紀初頭のスペイン風邪の世界的流行のような新型コロナのパンデミックを経て、世界もまた新たな分断や昏迷、そして戦乱?の時代に入っていくかのようにも見える。

 このような新たな社会環境に、真如苑も無関係ではいられない。中国関係への伝道への注意が教団内部で公式に出されているし、その他教団支部を置く地域でも政情の不安定さにパンデミックが絡んで騒然とした様子が見える。

 地球上には、古代インドや現代自由主義諸国のような、自由な思想や表現が許される地域ばかりではない。歴史を紐解けば、空海が遣唐使船で渡った当時、中国は巨大な律令制国家・唐の爛熟の時代にあり、当時の祖師達は、密教の反社会的と見られかねない要素の取扱いに細心の注意が求められたらしい。

密教

 真如苑が真に世界的普遍宗教を目指すなら、権威主義的国家と向き合い、そういった国の人々と、どのように接していくのか、避けて通る事はできない問題だろう。

南無真如 

2021年3月19日金曜日

web配信拝聴メモ②-2021/3/08 弁才尊天供・法憧

  東日本大震災から10年…。

 去る三月八日、弁才尊天供・法幢において、真如苑の救援ボランティアSeRVの東日本大震災の災害者支援への歩みを紹介する特集記事が、文芸春秋2021年4月号に掲載される事が発表された。SeRVのHPは言うに及ばず、既に公式サイトでも周知され、文春オンラインでも閲覧する事が可能だが、ネット対応の不得手な世代への対応だろうか、教団ではこの記事の抜き刷りを、ご丁寧に今月の総部会等で配布するとの発表まであった。

文芸春秋2021年4月

 自分も、このブログとツイッターを始めて、同じ年月が経った。だが、今まで自分はどれ程の事をなしただろうか…。

 だが、今回の起稿は、記事の紹介や10年間の回想の為ではない。株式会社文芸春秋といえば、その週刊誌「週刊文春」は、俗に文春砲などと呼ばれるスクープ記事で、世情を震撼させ、この新型コロナ緊急事態宣言下にも、時の首相のご子息が絡む、利害関係者から監督省庁への高額接待の実態を明らかにした事で、今国会を紛糾させ、世間の耳目を集め、時の政権を苦しい立場に追い込んでいる。

 もう、記憶している教徒はまずいないと思われるが、昨年、この週刊文春の、あるコラム記事を題に取った法幢があった。詳細は別に譲るが、この様な出版社と真如苑が、果たして、単なる「ジャーナリストと取材対象者」の枠に収まるだけの間柄なのかどうか、自分には、どうも疑問の余地が残る。

南無真如





web配信拝聴メモ③-2020/4/24 霊供・法憧

    話は、昨年の緊急事態宣言下、4月24日廻向法要にさかのぼる。この日は明日4/25の苑主代表の誕生を祝う式典(当然帰苑教徒などなくウエブ配信オンリーだが)を控えてか、特に苑主の導師にて法要が営まれた。

この日の法幢が、眼を瞠るものだった。

 まず、尺が長い。大抵の法幢は、法要の時間全体のバランスを考慮してか15分程度でまとめられる事が多く(おそらく一定のルールがあると思われる)、この日に限っては何故か25分。重要な伝達事項でなければ、こういった時間延長は最近はあまりない。

 にもかかわらず、飽きずに聴いていられたのは、教団の企画・広報部門に所属する、この法幢の担当職員の、内容の詰めと、語り口の巧みさ、そしてその意味する所に思う所があったからだ。

 とある週刊誌のコラム(都下の小売店舗のベテラン販売員の、客を和ませる声かけ)を題に取り、一般教徒では日頃接する事のない、苑主代表の人となりを紹介する内容だったのだが、自分には聞き捨てならないセリフがあった。

このお兄さん、真如教徒だったんです

真如苑すごいでしょ

他にも、話の導入で、最近の自分の仕事を

朝から晩までインターネットでコロナ漬け

などと評していたのだが…

 気になったので、件のコラムの掲載された号を入手したのだが、更に首をかしげる点があった。件の記事にはこの店が「何を」扱っているかは記されていたが「何処の」店かは記載されていない。にもかかわらず、法幢ではこの店が「何処の」店かがはっきりと述べられていた。これはどういう事か?。いわば、一片の週刊誌記事から、一般教徒を特定する事も、現在の真如苑には可能という事実を示す事に如何なるメッセージがあったのか?

 教団事務局の企画・広報といえば、クリスティーズで大日如来像落札の際、現・西川勢二教務長が、総合企画部長として在籍していた事が思い出されるが、「表」の法要や式典、参拝行事の企画の他に、教団の調査・インテリジェンスを担う「裏」の姿が、この法幢から伺う事ができるように思う。

 さて、この三月、東日本大震災から10年という事で、教団の災害支援活動が文芸春秋で取り上げられたのは前の投稿で紹介したとおりだが、たとえ取材対象の法人がある程度特定の人々にだけといえど、自社の出版物の抜き刷りの無料配布を許可するというのは、やはり破格と見るべきと思える。文春オンラインなどの代替手段もあるというのに…。

 上述した様な法幢を見るに、株式会社文芸春秋と真如苑の良好な関係が単なる

「ジャーナリストと取材対象者」

の域にとどまらず、調査・インテリジェンスといった上での協力関係に及んでいると見るのが正しい様に思う。



南無真如

2021年1月12日火曜日

web配信拝聴メモ①-2021/1/11 正輪会・法憧

  委縮して欲しくない…

多分、そんな所だろう。親苑のある立川市を含む一都三県への緊急事態宣言発出や、前回の投稿への、教団からのメッセージとして、この法憧(真如苑では法要の際、教団職員が語る、一般的に言う法話。担当職員により内容は様々、時事や教団の動向、体験談などを交え多岐にわたるを一言で表すと、こんな風に思える。今回これを語った企画・広報所属の職員は、新型コロナ・政府分科会の尾身会長の「正しく怖れる」という発言を引用、現在教苑活動において感染者は出ていない事を述べ、最後に苑主代表の言葉の深さをわかって欲しいと締めくくった。

 昨年の緊急事態宣言解除以降、真如苑は感染予防策を実施の上活動を再開、定例法要や大祭のweb配信の実施、リアルの修行の完全事前予約化(現在、予想される参座者の人数によっては予約なしでも参座できる場合もあり)により、感染者が出た場合の追跡・連絡体制の強化、依処における、3密など感染リスクの高い行動の回避は勿論の事、読経は全員黙読を徹底、参座は前後左右に1互いに1m程度の間隔を空ける等の対策を実施、以前提言した団参の中止や家庭集会のオンライン化も行われている。

感染対策を徹底し、感染拡大に歯止めのかからない社会状況において、宗教団体としてここまで活動を継続してこられたのは、各位の取組みとみ力の和合の結集と思う。


 だが、この取り組みを継続するだけで良いのか…。目下、毎日4ケタ台に上る感染者が検出され、日々、日本の医療体制を押し潰さんばかりの、国内における爆発的感染は元より、感染力の強化や、開発中のワクチンの効果が疑問視される、数世代以上の感染を経由して変異したコロナウイルスが、既に日本に上陸したとみられる現在、今後も活動の継続を目指すならば、むしろ依処の中の方が安全と言えるほどの対策を目指すべきではないだろうか?。現代の建築で造られた真如苑の施設において、感染症対策における最大の弱点を上げるとすれば多分、ハメ殺しの窓による「換気の不自由」ではないかと思う。


 コロナ禍による不況が叫ばれ久しい。失業者は確認されるだけで200万人を越えると言われ、感染拡大の主たる原因と目された業種を中心に、経営力や継続の意志を枯渇させ倒産する法人が後を絶たない。おおっぴらには発信されていないが、真如苑も活動人数の制限による減収や、感染予防対策の費用負担の重さに追い詰められつつあると見るべきだろう。個人レベルでは厳しい警告を提言してきた自分だが、勿論、教苑各位の委縮を目的としていた訳ではない。新春、苑主代表から、目下改築中の発祥第二精舎の今秋の落慶が発表されている。各位和合で一つに、ここを目指したい。


南無真如





2021年1月7日木曜日

これからの「在り方」ー 間章

 こんなに、次を書く事を躊躇った事は今までなかった。今までは、着想が浮かべば、どこか熱に浮かされたように、一気呵成に書き上げるのが常だったのだが…

挙げられる理由は多々ある。実は、前回の投稿直後、体調を崩し発熱、一週間寝込んだ事。昨年の二月、現在ほどPCR検査を自由に受けられなかった事を思い起こして頂きたい。報道されたような後遺症もなく、身近な人々にも感染者が出なかった所を見ると、さいわいコロナではなかったようだ。万が一炎上でもすればタダでは済まないテーマの重さと大きさに、委縮もしたし、法要のウェブ配信拝聴で、教団施設の閉鎖の決断を「…と頂きました」と述べた時の苑主代表の表情が、一瞬だが、しかしはっきりと苦渋に曇っていたのを見た事。何故に、新シリーズを『これからの「在り方」』などという、大上段で器に余るタイトルにしてしまったのか…。

だが、やはり一番大きかったのは、世界中の宗教施設での集団感染の報道、政府経済対策による感染拡大や、第3波における家庭内感染の増加など、そして、パンデミック以前の世界には、もう戻れないかもしれない可能性について、感染症について素人に毛が生えた程度の浅学非才の自分が、時が経つに連れ、投稿を読み返す度、むしろ正確に事の推移を予測していた事が明らかになって来た事にある。まるで自慢の様に聞こえるが、そんな心算は毛頭ない。


『…「我、汝の飲食供養は受けない。しかし一切衆生を安穏にせんとするために、汝が説くその神咒だけを受けよう」…』(大般涅槃経序品より)

 昨年の寒修行の期間中、中国発新型肺炎上陸の報道を横目に、拙い祈りの中に危機の予感を感じつつ、相変わらず動きの見えない教団の動向を注視、無い知恵を振り絞って、教団の社会的信頼の失墜を防がんと、おそらくは初めて純粋な護持の信にたっての投稿だったが故に、み力を頂き、この様な結果になったのだと思う。昨秋発刊の教団の機関誌である歓喜世界262号には真如立教祭前日に初の対策会合をもったとあり、その後の参集活動自粛、第一波の教団施設閉鎖といった経緯は衆目の知る所だが、しかし重大な意思決定プロセスの最中であろう2/14に、ウェブログという、外部にも容易に目の触れる形での提言がなかったら、教団の中枢ではどの様な選択がなされていただろうか?。

『…私たちは、この婦人教徒の言葉には半信半疑だったのである。だから全面的に肯定できず、お宮詣りのことにも、真導院に対する扱い方にも、婦人の言葉をそのまま行っていなかった。ところが、お宮詣りが済むと間もなく、摂受心院は床についたきりで容易に起き上がれないばかりか、生まれて間もない真導院も、消化不良に陥ってやせ細るという事象が起こった…』(「一如の道・究道篇・第三章・二、真導院の誕生」より)

 第一波終息の兆しが見えるやいなや、緊急事態宣言は解除、これに合わせて教団も依処における感染症対策を施しつつ徐々に参集活動を再開した。また、国内においては衰退した経済を復旧させんと、早々に様々な経済対策や規制緩和が行われた結果、首都圏を中心に再々度の感染拡大を招き、医療体制は危機に瀕し、三が日明けより一都三県の知事が連名で緊急事態宣言発出の検討を国に要請、本日発出となった。昨年後半より、感染者数が日々増加する中、世論には緊急事態宣言を待望する声が高まっており、専門家が「都圏は感染爆発相当」と評するほどの事態に至っての発出は、感染症対策の点では最早遅きに失したと言わざるを得ず、明日より一か月での期間で収束させる事も至難の業と言われているが、



発出への動きから予定の緊急事態宣言の期間(1/8~2/7)が、またもや、真如苑の寒修行の期間をすっぽりと収める奇瑞が起こっている。予定通りなら2/8の真如立教祭には、一定の結果が出る運びである。信徒サイトには1/4付けで、緊急事態宣言中も感染症対策を行いつつ活動を継続する旨広報されているが、日々感染者数や重症者数が過去最多を更新し続ける上、変異して感染力を増したウイルスの上陸まで確認されている中、これはハイリスクな選択であり、万が一依処で集団感染でも発生しようものなら、教団の社会的信頼の甚大な失墜は免れないだろう。職員や帰苑信徒を問わず、最近、依処の人々の様子を見るに、み力を信じるが故の緩み切った姿には不安を禁じ得ない。はっきり言えば個人レベルでの感染症予防は、真如マナーである。だがしかし、政府分科会尾身会長が言う所の「行動変容」個人レベルの行動の変化を促すにあたって、教団職員各位は適切にリーダーシップを発揮しているだろうか?。この国では、相手の言わんとする所を真正面から受け止め、誠実に返答するコミュニケーションと、言行一致が無かった事が、現在の感染爆発を招いているのではないだろうか?。教団一丸となって護法の祈り持ち、この真剣白刃の取組みの先を明るく見て、今年の寒修行に臨みたい。


南無真如

 

2020年2月14日金曜日

これからの「在り方」①-2020寒修行を振り返って

 昨年暮れより、中国で猛威を振るっていた新型ウイルスが、既に日本に上陸していたことが、昨日ついに誰の目にも明白なものになった。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200213/k10012284621000.html

 これに先立つ先月、信徒サイトを見て唖然としてしまい、思わずこんな返信をしてしまったのは、フォロワーさんだったらご存知の事と思う。

https://twitter.com/NamelessBean/status/1222487528730550272

 詳細は差し控えるが、当時、件の1/31付け信徒サイトの冬期感染症への注意を促す記事が、インフルエンザ等既存の感染症のみを想定していたものだった事(現在は2/7付け第二報となり、新型ウイルスを想定した内容に更新されている)から、一言申し上げさせて頂いた次第。

 実は、非常に危険だったのではないか…。真如苑の発祥は開祖霊祖が12/28に運慶一刀三礼の作と口伝される不動明王像を迎え、三が日が明けて2/3の節分までの寒三十日の修行を以て、その嚆矢としている。それにならい12月を「出発の月」とし、1/20~2/8のこの時期を「立教の原点」とし、真如苑では毎年寒修行が行われている

 この真如苑の現在の寒修行の期間は丁度、中国の旧正月、春節を含むものになっており、期間中は聖地親苑のある立川市を、アジアを含む様々な地域からの海外教徒も頻繁に訪れている。

  発生地、中国・武漢での異常は昨年暮れから既に報道されており、春節の時期は長期休暇による里帰りや旅行など、多くの人々の国際的な長距離の移動がある事から、この新型ウイルスの世界的大流行の引き金になる事が、年初から明白に予想されていたにも関わらず、件のウイルスの、不顕性感染や2週間に及ぶ長期の潜伏期間、肺の奥に病巣を作るなど、既存の感染症と比較して発見しにくい特性、WHOを始めとして感染への国際的警戒態勢へのコンセンサスの乱れ、当初既存の感染症と比較して毒性が比較的低く、専門家の警戒心が喚起されにくい等の諸要因から国際的感染を許す結果となり、この煽りと(おそらく発生国の情報発信への懐疑バイアスから)日本においては不徹底な水際対策と初動の遅れから、現在、国内において既にヒトヒト感染が進んで居る状況となっている。感染拡大が新たな段階に入った事を認めざるを得ない。

 真如苑に限らず、多くの宗教における法儀や法会というものは、

①可能な限り多くの人々を一カ所に集め、
②揃って聖句、声明、読経、歌、詠唱などを行い

場を荘厳していくことは昨年の東京ドームのミサなどを観ればよく理解される事と思う。


 感染症の観点からは上記①②はそれぞれ

①濃厚接触、あるいはそれに近い状況(接触感染)
②大きな呼吸(飛沫感染、空気感染)

のリスクが想定できると思う。真如苑では概ね、公的機関の発信に沿って、教徒の自主性によって教団活動への参加の可否を判断するよう広報されていると同時に、苑主代表より寒修行中の1/24付け瑞教にて「三大祭(それぞれ3/28、5/9、11/3)と済摂会を報謝実践と帰苑結集の目標に」「家庭集会(信徒の家庭などプライヴェートな空間で行われる小規模な会合)の充実」が打ち出されているが、未知の新型ウイルスが猛威を振るう世相に、元々法会自体が持つ上記の感染症リスクを想定した時、これらを旧来のまま実施する事は、どう考えても無理がある。

 現状、実施できそうな解決策は2点
親苑を含む、別院級精舎への団体参拝の禁止、教徒を大多数に一カ所に参集させる取り組みを止め、各所在地における依処(教団施設)での分散した取組みに限定する。件のウイルスの国際的流行が、春節の大移動によって引き起こされた事を考慮し、教苑活動自体が更なる流行の媒体となる事は絶対に回避しなければならない。
家庭集会へのネット活用
比較的見知った顏同士とはいえ、感染症対応において個人のプライベートな空間は最後の砦とも言える。持病があったり、介護を必要とする高齢者、乳幼児が同居している居宅に、普段より多くの人を招き、新型ウイルスを持ち込んでしまう愚は避けなければならない。プライヴァシーを安全に保てるネットコミュニケーションアプリを最大限活用し、リアルタイムなつながりそのものを最大限維持する事に取り組むべき。

 地球温暖化・気候変動の問題が叫ばれて久しいが、その影響の一つとして、感染症の拡大が懸念されている。この様な感染症の大流行が今後もまた起こりかねない事を考えると、21世紀の宗教における参集の新たな在り方を探るべき時に来ているのではないだろうか。真如苑が普遍宗教を目指すなら、避けては通れないテーマだろう。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf

                      南無真如

2019年11月11日月曜日

真如荘厳 親苑十一面様撥遣の儀

 本日は一昨日と打って変わって雨、立川市でも早朝は強く、午前中は一時止んだものの、午後遅くなるにつれ、また降りだす予報。雨の止む頃を見計らって家を出る。今日は、立川市柴崎町の総本部・発祥第二精舎の新たな荘厳の為、本尊・十一面観世音菩薩のお御魂に、一旦仏像より出てみ仏の世界にお戻り頂く為の法儀「撥遣の儀」が行われる。

 この週末は天皇陛下の御即位の祝賀行事が続き、非常な快晴にも恵まれた。先月の即位礼正殿の儀でも天候の急激な回復から、エンペラーウェザーなどと言われたが、今回も同様の事に。



 しかし、これだけの好天。どれだけの対価によって手に入る物なのだろうか?。そしてそれは最後に、誰が贖う事になるのだろうか?。今秋の天候と相まって、更に話題になった新海誠監督天気の子」が思い起こされる。



 閑話休題、例によって泉町の応現院で立ち会う。平日の法要とあって、混雑にもいくらか落ち着きが感じられる。
 10:30、開式。VTRにて開祖の入場シーンが。以前紹介した車椅子に乗っての物。粛々と進む法要。
 読経の後に、代表教徒による感謝の言上がある。1968年、発祥第一精舎建立当時の教団事務局内のエピソードが語られる。真如苑に限らず、属するコミュニティで重大な障碍に出会った時の人々にありがちな反応ではあるが、自分には反吐が出るような思いがするので詳細は伏せる。ご本人の覚悟によってそうはならなかったが、こういった土壌が時として、一つの非律不証をますます増長するのではないかと前々から思っていた事を裏付けるかのような内容だった。精舎内の扉を一つ開けたら、今でも教団内部にある意外とありふれた風景なのだろうか?。結界された親苑に蓄積するのは何も祈りばかりではなく、こういった一般教徒にうかがい知れぬところで蓄積され続ける想念の凝結の存在が、苑主伊藤真聡をして聖地の荘厳行を推進させる一つの背景なのではないかと思う。
 続いて、その苑主代表の挨拶。本日11/11は語呂がいい。世俗にも「介護の日」「独身の日」をはじめ多くの記念日が定められているが、苑主の教導もこれに掛けたもの。

 本日の法儀によってまた一歩、聖地荘厳が進展した訳だが、40年前に落慶、現在の建築基準に適合しなくなったまま東日本大震災を過ぎたこの精舎が改築されて、やっと聖地荘厳も一段落するのだろうか?。第二精舎に着手するにあたっては「聖地荘厳マスタープラン」なる計画に基づく旨、発表があったが、現在に至るまでその全貌は明らかにされていない。またこの発表がこの記事にコメントを記した後である事も気になる。
 苑主代表が教苑を継承して間もない頃、苑主とその妹の真玲猊下が、具体的にどの様に教団を導いていくかについて、教徒間に非常に大きな混乱があったが、この状況を治めるべく、故・片山英一教務長によって開祖の遺言「定記」の発表があった。当時、末端教徒にまで殆ど一人残らず、これを書写していく取り組みがあったのを覚えている。
 「在る」というだけなら何とでも言える。多くの人々を導こうとするならその実態を明らかにして初めて得心がいくものだ。形の上では同じ法燈を継承したお二人の在り方によっては、教団分裂の可能性さえあった当時、定記の全文を発表した片山教務長はまさに必死だったと思う。
 だが、現在の西川教務長に、苑主の願う聖地荘厳について、そんな必死の覚悟があるのだろうか?。私なんぞにこんな事をネットで指摘される前に、自ら全責任を負って、その全貌を公開するのが、全苑教徒に対する筋であり、教務長のリーダーシップではないのだろうか?。

 …ともかく、聖地荘厳がまた一歩進展した事を喜びたい。今まで自分の無智故、多くの愚かさに翻弄されてきた前半生だが、ここまできてやっと、運命を自ら選んで苑道を歩んでいけそうだ。

                      南無真如

追記
 第二精舎の正門を開けると、ガラス張りの玄関から一階のトイレの入り口が丸見えだったりする造作や、何かというと、御奉仕などで車両での物資の搬入・搬出に使われる様な
在り方も、いい加減改まるといいな…。

2019年10月24日木曜日

何が違うのか?

 先日10/22は、即位の礼正殿の儀が執り行われ、ために令和元年限りの祝日とされた。熱帯性低気圧に変わった台風20号による風雨が、首都圏でも昨日より続いている。 自分も自宅で中継を拝していたが、式の進行と同時に進んだ天候の回復、富士山等の初冠雪等の報が、ネットではエンペラーウェザーと言われ大変な盛り上がりが見られた。



 おや?、こんな有様、いつも見慣れているような…
そう、真如苑で重要な法要の時に時折観られる、日暈彩雲等が出た時の信徒の反応と同じじゃないか…。天候の回復を天皇の「力」と観る書き込みの何と多い事か。

「…『そら、幕府のやり方はむごい。一つ又一つと禁裏と寺院の勢力を奪ってゆくやり口も汚い。だが、それでも一気に潰しにかからんのは、それだけの力がわしらにあると云うことや。そやけど、それはわしが偉いからやないぞ。京の庶民たち、全国の庶人たちの禁裏に寄せる熱い心のためや。幕府がこわいのは、そっちの方や』…」
講談社文庫 隆慶一郎「花と火の帝」より

 小説からの引用だが、リアルな令和の世のネット民も概ね同じではないか。仮に上述引用内の地名や組織を、現代のものに当てはめたらどうなるだろうか…。

「…帝の血の中には、潜在的に強力な呪力の根が代々伝えられて来ているのではないか、御即位の後にとり行われる践祚大嘗祭とは、その血の中に眠る最高の呪力を解き放ち顕現させるための儀式ではないかと岩介は疑っているが、それだけにこの隠密の儀式を伺うことは岩介にも憚られた。…」
講談社文庫 隆慶一郎「花と火の帝」より

 では、天皇に神通力はあるのだろうか?。明治維新の神仏分離政策によって廃止されたが、密教が請来され、日本に定着して以降、古の即位の礼では、天皇は高御座に登壇の際、即位の為の密教儀礼「即位灌頂」が行われ、真言や印契の伝授を受けていたのだとか。

『…法要や儀式丈けで人の魂を救ふことは出来ない。おそらく文化人と称する人々は、此の掲示を見て笑ふだろう。そして私が盛んになれば、私に対する圧迫の道具としかねない。私はそれを見透して此の看板を出す。然し文化人と自負する人達は、表面で冷笑し、心は密かに求めるーー。そこに本当の宗教があると私は思ふのだ…』
中央公論新社ー中公文庫刊「真乗ー心に仏を刻む」より…



 即位灌頂は、密教儀礼によって天皇の地位を裏付ける政治的な意味合いと同時に、天皇の神通力を密教によっても裏付ける役目があったのではないだろうか。

 真如苑開祖・伊藤真乗は、表面上は否定しても、人々は不可思議現象を求めていると評すると同時に、涅槃経より大乗の為にすべし、二乗の為にする事なかれ」を引用し、これを真如霊能の現代的意義として掲げている。

 かつて古の天皇は、国民を「おおみたから」と呼んだそうだが…、文明の爛熟した21世紀、令和の世の即位礼正殿の儀に、天候の不思議をみた我々日本国民は、何処に導かれようとしているのか。その本質的なベクトルは神と仏の間に相違はないと信じる。


花と火の帝

真乗ー心に仏を刻む
天皇の即位儀礼と神仏

2019年4月25日木曜日

如意輪観世音像遷座

 2019年3月28日、真如開祖113歳生誕を祝う大祭当日。
立川では、十日ほど先の釈尊の生誕を思わせる、優しい雨が降っている。例によって応現院で参座する。
 昨秋、開基八十年の一如まつりで、醍醐寺より目録にてお約束頂いていた。如意輪観世音座像と、不動明王の脇侍となる二童子像を、真如苑関西別院・悠音精舎でお迎えした。


如意輪観音像
 因みに、醍醐寺で如意輪観音像といえば、昨年公開されたこちらが有名だが、本日お迎えしたみ像はこちらではない。

 法要が始まる。醍醐寺百三世座主・仲田順和猊下が、重役方と共にお出まし。ご列席をお迎えした後に読経が始まる。伊藤真聡苑主代表が法要の御導師を務めている。途中『感謝』の所で、経頭が苑主代表の名号を唱えかけ、慌てて言い淀んでいる。苑主本人が御導師を務めている時、法要にご来賓がお見えになっている時は、これを避けるのが通例である。

 仲田順和猊下に御挨拶を頂く。聖宝理源大師は、既に開祖在世中に、真如苑に勧請されて久しい准胝観世音菩薩と、本日お迎えする事になった、如意輪観世音菩薩の二尊を奉じて醍醐寺を開山したが、この二尊の祈りがそのまま醍醐寺の根底にある生命観を象徴していると言えようか。
 更には、み教えのみ力のルーツが、如意輪観世音菩薩の祈りに秘められていると明かされた事は、全苑教徒にとって、この盛儀の一番のトピックと言っていいのではないだろうか。

 続いて苑主代表の挨拶。あれっ!?と思う事が…
先の仲田猊下の御挨拶では本日の盛儀は
…継主さまからのお願い…
今の苑主代表の挨拶では
…醍醐寺さまからのお申しにて…
これは、どっちがニワトリでどっちがタマゴ?
 だがこの件、お二人のどちらが先に願ったとしても、各々の立場に具合の悪い事になるのかもしれない。醍醐寺と真如苑の関係についてはこんな記事まで出るくらいだから…。
 これ以上、野暮な詮索はするまい。ここは二人の阿闍梨が「融和の祈りの中に意見の一致を見た」という事にして置こう。

 なお、当日迎えた三像は、修復や学術研究の対象となった後に入魂、順次教団施設を巡った後、半蔵門ミュージアムにて世に公開されていくとの事。真如苑大日如来像と同じく、一般公開までは相応の年月が費やされるのだろう。


 21世紀は霊性の時代
アンドレ・マルローカール・グスタフ・ユングが指摘したそうだが、如意輪観世音を迎えた事は、真如教徒にとって、自らの霊性を自覚し高める大きな機会であり、これによって、各々置かれた場所で、総合的な判断を発揮していく為の、大きな原動力を頂いたものではないだろうか。

                南無真如


 

2019年4月24日水曜日

平成総括 立川 ゴジラ 真如特別法要

 いよいよ、平成も終わろうとしているこの時、東日本大震災を機に始めたこのブログも、一応の区切りをつけるべきかと、合間を見て更新を進めている。

 自分以外にも、公式サイトを含め、各々の立場から真如み教えについて語る人々がいるが、自分の一番の特色といえば「一般教徒の立場」という以外に、ゴジラを通じてみ教えについて述べたという点だろうか…。

 2016年・立教80年の夏公開されたシン・ゴジラによって、立川防災予備施設が脚光を浴びた事から、自らの聖地親苑がある立川市が、都心壊滅時には日本の政治行政機構にとっていわば最後の砦とも言える場所であり、防災予備施設の中核をなす陸自立川駐屯地こそ日米の根深い関係をなす因縁の地である事が、改めて明らかになったと言えよう。

 シン・ゴジラではもう一点、ラストシーンで東京駅直上に屹立するゴジラが、皇居を向いているとの指摘があるが、東京駅よりゴジラの視線を想定し、半蔵門の真如苑友心院まで直線を引くと、概ね御所~皇居宮殿を通過する。

 同じ2016年より、真如苑では開祖伊藤真乗が、その生涯最後に導師を務めた苑内公式法要の2/24を真如特別法要と定め、以降本年まで毎年これを執り行っている。同年夏には天皇陛下がお気持ちを表明されているが、このタイミングで真如特別法要が制定されたという事は、開祖の最後の祈りを尊び、真如苑としても皇室の世代交代に陰ながら寄り添う祈りがあると愚考する。

 昭和天皇の薨去により始まった平成と違い、平成天皇が生前退位を選択した事で、令和に向けてその世代交代が緩やかに進んで居る感があるが、平成元年当時、昭和天皇追悼法要執行の後、開祖が体調を崩し、現伊藤真聡苑主代表へ突然の世代交代をした当時と違い、6年前の後継者指名以降、真如苑でもそのプロセスは穏やかに見える。とはいえここ最近は特に重要な法要でない限り、苑主代表は理供で祈り運ばれる事が多い。

 ゴジラというコンテンツも、新たな時代に向けての模索が始まっている。戦後の日本という背景を背負った作品としては総括ともいえるシン・ゴジラが、興行面では海外で振るわなかったというより、理解されていない現実に、全く別次元の製作陣によるアニメ版ゴジラ3部作による新たな模索が始まり、今また令和最初のゴジラとして海外版の公開が秒読みに入っている。

 この様に見てきた真如苑は阪神大震災以降、SeRVを設立、東日本大震災にはその活動が脚光を浴び、現在も各地で活動を続けているがそもそも仏意によって定められた親苑に祈り運び荘厳をなす事で、天変地異や少子高齢化、激変する国際情勢等により、衰退しつつある日本を目に見えない基盤から下支えしていると言ったら我田引水にすぎるだろうか…

                   南無真如

2019年4月22日月曜日

開基八十年 敬老のお祝い(4)~改元秒読み

 日々の務めを第一に、僅かな余暇の合間を縫って、更新の機会を得たのが、空前の10連休GWの直前。改元も秒読みに入ったこの時、結論を急ぎたい。

 話は昨秋に戻る。半蔵門の真澄寺別院・友心院において、駒沢大池上良正教授による講演「施餓鬼と廻向」が行われた。これには、日本は元より、極東の諸地域における死者への供養が、身内からより多くの他者へ、仏教を基底として、元々仏教の中で別の物だった、施餓鬼と盂蘭盆が混然として発展拡大し、最終的に、コミュニティの集団儀礼として確立していった事が述べられている。
 真如苑も立創よりその発展に応じて、多摩川霞ケ浦河口湖、そして現在ではハワイ台湾で水施餓鬼廻向法要・灯籠流しを行うに至っている。

 このシリーズの最初の回で、福祉の現場における問題について指摘した。改めて教書「一如の道」を紐解くと、これに対応するかのような、医療職の誓願を題にとった摂受心院の親教が収録されているが、今日の視点で改めてこれを拝読するに、これは医療職だけでなく、広く福祉の職にある教徒全般にそのみ心を向けられたものであり、廻向というものがどの様な所から通じるか、説かれている。福祉の仕事に廻向に通じる道があると言えよう。特に、高齢者介護においては、人生の最期の時を迎えた利用者に、追善追福の廻向を手向ける大きな機会に恵まれているのではないだろうか。日本は祖霊信仰の国である。

 このシリーズの2回目で、日本の超少子高齢化と、皇室の後継問題はいわば同根であるとの私見を示した。神仏分離の徹底した現状の制度から、古の様に皇室自体が仏教によって徳を積みこの件を解決していく訳にはいかない。

 聖武天皇の大仏造立の詔には『…一枝の草、一把の土を以て像を助け造らんことを情に願う者有らば、恣にこれを聴せ…とある。衰退の一途を辿る日本において、特に過酷な状況に置かれた高齢者介護の現場において、これに関わる一人も多くの職員が、この詔の様に徳を知識として廻向し僅かでも利用者への生前からの追善追福に取組み、やがて最期を迎えた時に独りも多くの徳の在る祖霊を送り出していく事に、日本のスピリチュアルな復興の可能性があると思うのだ。
 
  

                   南無真如

2019年4月21日日曜日

開基八十年 敬老のお祝い(3)~開基八十年真澄寺大護摩供

 前回の投稿より、また暫く時間が空いた。先週末10/6は親苑にて、開基八十年真澄寺大護摩供が行われた。普段は奥の院におられる伝運慶作の本尊・大日大聖不動明王真澄寺内陣の開祖謹刻・涅槃法身不動明王と共に安置、祈念の本尊として行われた。法要後、「今日は(大日大聖不動明王の)お厨子を外して(護摩を)行いました」と、苑主代表の弁があったが「汝の信ずる心を厨子とする」との教導のある不動明王像を表に出したのは「これからは皆の信じる心を結集して教えを伝えて欲しい」との苑主代表の願いであるように思われてならない。登壇した真玲猊下の表情も穏やかに見え、最後は開祖在世時を彷彿とさせる境内セレモニーで締めくくられた。

 この間も節目を迎えた世の中の動きは慌ただしい。関東大震災を機に、日本橋より移された築地市場が、再来年の東京五輪を含めた都市計画によって、とうとう豊洲に移転、本日開場の運びに。同じ時期に、日本を代表する銀行のシステム統合も大詰めを迎えている。諸産業とそこに働く人々は大きなテクノロジーの変革に翻弄され、人間活動の結果としての気候変動は日本の四季をも変えるに至っている。

 そして今年は明治維新から150年にあたる。前回、天皇と仏教の歴史的つながりについて少々述べたが、明治維新の神仏分離から太平洋戦争終戦~米軍の占領を経て、高度成長期から平成の現在に至った現在、天皇と仏教の関係も隔たったと言えよう。古と同じようにはいくまい。

 …などと、ゆるゆるやっていたらあっという間に…

                       続く

 
 

2018年10月4日木曜日

開基八十年 敬老のお祝い(2)~秋季彼岸会~法前供

 前回の投稿から少々時間が空いたが、この間も九月の重要な法要が続く。苑主代表は9月23日の秋季彼岸会には登壇、御導師を済摂の形で務められ、文字通り一切諸霊を廻向。続く9月28日の法前供は「正五九の護摩」の「九」にあたるが登壇は教団職員に任せ、理供で祈り運ばれた。10月6日に控える開基八十年真澄寺大護摩供に向けての事であろう。

 真如苑発祥第二精舎ご宝前に、晩年の開祖が使用した法儀用の車椅子が展示されていた(現在も継続して展示されているかは不明)。バブルがはじける前夜、日本が未だ少子高齢化社会へのとば口にたったばかりの1980年代後半、介護サービス全体が今より未発達な頃に作られたものとはいえ、フットレストの角度調整やリクライニング・ティルトはおろか、手押し介助用のブレーキ・ハンドルさえついていない、文字通り椅子の下にキャスターを付けただけの、車椅子と呼ぶのもおこがましいこの危険物を見ていると、おそらくこれに感謝でお付き合いくださった、開祖の深く広い器に、我々が如何に包まれ慈しまれていたのか、その一端がうかがい知れようというものだ。

 真如苑にとってはある意味、その開祖伊藤真乗の遷化という大悲痛事によって、新たな時代の到来を痛感させた平成の御世も終わろうとしている。世間においては、昨冬の二度のインフルエンザの流行今夏の酷暑等によるものか、一時代を築いた高齢な著名人の訃報が相次ぎ、日本を代表する平成の歌姫の引退、片や応現院の隣に昨秋出来て間も無いアリーナ立川立飛では、有名なテニスのトーナメントが行われ、最高の舞台での勝利への反感を、日本的マインドで受容して見せた、新たな若い日本の女王の登場に、立飛駅周辺は賑わいを見せた。

 昭和天皇崩御の際の大喪の礼に合わせて行った追悼法要が、開祖の最後の苑内公式法要の御導師であった事は、以前に述べた。それから三十年近く、日本の象徴であり、国民の安寧と幸せを祈り続けられた陛下が、時代の移り変わりとご年齢による御身体の衰えから、務めに深く思いを致し、皇室の後継の定まらない有様こそ、超少子高齢化に喘ぐ日本の国の姿そのものではないだろうか。


 「不徳の致すところ」とは恐ろしい言葉だと思う。全ての事を自分の責とする覚悟のない、後付けで理由を述べる事が当たり前の者が口にしてよい言葉では断じてない。現代の日本では「自分の振舞いが他に迷惑や誤解を与えた」といった意味合いに使われるが、古代においては人間社会の事ばかりでなく、天変地異や疫病、凶作等悪い事象の総てを、国の首長が自らの徳の無さと受け止めていた。こういった徳の無さが自覚された場合、み仏の教えに依って功徳の増益を図るのが古の常であり、神事を先としつつも、徳の尽きぬように仏の教えが重んじられていた。近世、孝明天皇まではご即位にあたって密教の灌頂儀礼が行われ、これに詳しい公達が印契や真言を伝授したそうだが…。



天皇と宗教

                             続く

2018年9月22日土曜日

開基八十年 敬老のお祝い(1)

 9/15(土)より二日間に渡り行われた斉燈護摩も終わったその翌日、三連休の最終日に立川市泉町の真澄寺別院・応現院では「開基八十年・敬老のお祝い」が行われた。例年だと斉燈護摩は十月の最初の週末に行われるが、開基八十年の本年はここに大祭が予定されている為、斉燈護摩がこの三連休に前倒しされている。また当日9/17は、現在真如苑の護法善神となっている笠法稲荷大明神を、開祖伊藤真乗が「弘法大師杖突きの水」と伝えられる湧き水を用い、立川に勧請した日でもある。
 法要、読経の後に声楽によるシンプルなお祝いのセレモニー。開祖親教の後、VTRによる昨年の敬老のお祝いの苑主瑞教が続く「常楽を信じていきましょう」。最後に長塚教務長により式が締めくくられる。苑主代表の登壇は無し。昨日まで斉燈護摩で御導師を務められた苑主代表自身が既に後期高齢者である。お祝い申し上げたい気持ちがあっても止む無しというべきだが、この点について教団事務局より一切のコメントは無し。大事な件になんの発表もない時であれば尚の事その動静には注意を払う必要があるのがこの教団である。
 当日の食堂のランチは野菜のあんかけ、祝いの品として赤飯がつく。最近はこういった日でなくても依処において、杖やシルバーカーを用い、あるいは車椅子を押してもらって移動する高齢者の姿を当たり前の様に目にする事が多くなった。心身が衰えても「外出の自由」が維持されている事は帰苑する高齢者にとって非常に大きな仕合せだ。

 斉燈護摩の時期になると、どうしてもあの事件が思い出される。今もって事の詳細は伏せられたままだが、今は只、あのような理不尽な体験が、件の教団職員の聖職者としての精進を後押しする事を祈るばかり。
 事件当時より容疑者が心を病んでいるともとれる報道があった事から自分は、教団職員の対応にいわゆる福祉の仕事などにおけるコミュニケーションスキルのセンスがあれば、あるいはあのような悲惨な状況に至らずとも済んだのではないかと考えていた。しかし、昨今の福祉・医療の現場における様々な報道を見ると、事はそう簡単ではなかった様だ。
 曰く、医療・福祉に従事する職員の利用者への、時に命を奪うに至る加害行為ばかりではなく、利用者や家族の、職員や事業所へのハラスメント、そして起こる刃傷沙汰に至っては、老病死に悩む人を支える仕事に携わる人々も、またその苦しみに諸共に巻き込まれているかのように見える。

 こういった医療・福祉の様な、直接命を預かる現場には、職員の待遇面ばかりではなく、ソフト・ハードの両面に渡る様々な経営資源の投下が不可欠であり、各々の現場がその抱える問題諸共オープンである事が望ましい事が、既に多く指摘されている様だが、自分がこれにもう一点付け加えるなら、こういった職務に携わる多くの人々が、何ら死生観や人間観等の拠り所を確立する事無く、苛烈な現場に送り出されている事にも問題があるのではないだろうか?。この点について現状の医療や福祉の教育は、果たして十分なものだろうか?。多くの法人が打ち建てる理念は、こういった問題に応え得るだけの内実があるのか?。顧客としての家族の思ひと、社会情勢から年々困難さを増す法人経営の重圧の中、利用者と職員の人権と尊厳が、共に抜き差しならない緊張感の中に置かれた、福祉・医療現場の苦悩が、いわゆる職員個人レベルのストレスとして扱われ、主な対策がアンガー・マネジメントに依存していていいのだろうか?。

 自分が身の回りで、こういった問題に直面すれば、一教徒としてみ教えを以て、関係各位と共に困難を乗り越えようとするだろうが、まさかここではそうもいくまい。
 2011年の東日本大震災では、多くの宗教者が支援に取り組んだ結果、宗派を越えた連携が実現、被災地以外での医療・福祉の現場において人々の苦しみに寄り添い、向き合える宗教者の必要性が洞察された事から、東北大学等においてこれに応える事の出来る宗教者、臨床宗教師を育成する取り組みが行われている。
 勿論この取組み自体は宗教専従者向けのプログラムであるが、この成果を基に宗学連携の、特定の宗旨宗派に依らない、医療・福祉従事者により相応しいプログラムが確立できるなら、その成果は社会的に非常に大きな意義を持つものではないだろうか?。
                 続く

2017年9月29日金曜日

慧燈応現法要⑤ ー並立の詳細②ー

 前回に続き、讃題常住讃の関係を整理しておく。
夫々の描く三角形の頂点の対比は以下の様になる。

  讃題   常住讃

① 仏  ⇔ 開祖・霊祖・両童子
② 法  ⇔ 真如三宝
③ 僧  ⇔ 聖地親苑

 ①と②について、それほど説明の必要はないと思われる。
注意すべきは③だろう。通常「僧」といえば「人」であり、
「僧伽」といえば「仏教教団」を指す。にも拘らずここで
「場所」が対比されている。
 上図「僧」の下段に(教苑)とした。開祖の讃題における
三宝一体の理の教導には、「僧」の意味で「教苑」とある。

「…法に依りて、人に依らざれ
  義に依りて、語に依らざれ
  智に依りて、識に依らざれ
  了義経に依りて、不了義経に依らざれ…」
大般涅槃経四依品より

 一貫して「親苑帰一」を打ち出している苑主代表には
人の集団・組織ではなく、それらが活動する場所である
聖地や依処をも含め「教苑」との認識がある様だ。
 常住讃ではこれを更に一歩推し進めて

僧伽(僧団)⇒教苑⇒聖地(親苑)

教苑というキーワードを介しての積極的トランスレーション
が読み取れる。前々回において人間集団が本質的に抱える
問題が宗教団体においても同様である事を述べたが、こう
いった認識に立つ限り、教団が人と仏を繋ぐ紐帯であり続
ける事は不可能である。苑主代表はこの問題を「教苑」と
いうキーワードを介し、常に過ちを犯し続け信頼を損なう
「僧(伽)」を、霊意によって定まり、開祖霊祖とこれを
慕う過去多くの人々の祈り行いの集積が今も凝結し続ける
「聖地親苑」に換える事でブレイクスルーしようとしたの
ではないだろうか。

 人々を、教団組織に執われる事なく、開祖霊祖・両童子
に、より直に深く強く繋げていこうとする、苑主代表の
祈りの結実が常住讃と観ずる。

                 続く

 








2017年9月21日木曜日

慧燈応現法要④ ー並立の詳細①ー

 苑主代表の選択の結果としての称名の並立。その結果どの
様な状況が生まれたのか。苑主代表が今後讃題のみでは限界
があるとしたからこその常住讃である事だけは、間違いない
と思われる。以下に讃題の三宝一体の理を図示する。
 仏→法→僧とトップダウンの方向性がある事がわかる。
次に、上の図にならって、常住讃の理を図示する。
 更に、上の二図を重ね合わせてみると…
 上図を見ると、開祖が伝統の枠組みを尊重し制定した讃題
のフレームワークに、苑主代表が真如苑独自の内実を整えた
ものが常住讃であると言える。更に特筆すべきは、開祖が
定め讃題の枠組みに、苑主代表が常住讃によって開祖自身
も摂めている事ではないだろうか。これは開祖が生前に
行えないし、決して行ってはいけない事でもあったと思う。
称名の並立が発生した一番の理由はおそらくここにあったの
だろう。そして、一見並立しているかに見える讃題と常住讃
二にして一の関係も見えてきたようだ。

                    続く











2017年9月12日火曜日

慧燈応現法要③ ー制定の背景②ー

 こうした歩みを辿った教団の現在はどうか。

「…摂受心院死後において苑は栄えてきたが、教化の浸透においては、
 摂受心院の存命中のようにはいかなかった。…」定記より

 事態は在世の開祖が憂慮した状況より更に進んでいると言わ
を得ないのではないか。

 讃題が制定されて半世紀、霊祖遷化後初の月命日より本年
で五十年を迎える九月六日。仏法僧三宝一体の理を基として
二つを一つにし、開祖が日本三大称名の一つと絶対の確信を
のぞかせる讃題。それに新たな根本を定め加え一つが二つ
になる選択を苑主代がなすのは、国際的な活動領域を持つ
に至り、上下に重層化した、百万人に届こうとする巨大な、
コミュニティと化した教苑が、「内」と「外」に大きく別れ
つつある事の証左であるように思える。

 大規模かつ高度に発達した現代社会において、それを支える
様々な諸機関・諸法人が、ヒューマンエラーや不祥事等、人為
的要因によるトラブルが日々大きく取り上げられ、信頼を失い
権威を失う事が日常茶飯となっているが、宗教法人も例外とは
言い難い。 しかしながら、真如苑(僧伽)は宇宙で唯一、
真如三昧耶流を現世に現す機関であり、どれ程の問題を抱え
ようとも他に代替は存在しない。ここに我々の苦悩がある。

 この様な状況の中、教団内外を問わず「仏」への信を繋ぎ
続ける為の、苑主代表の答えが常住讃であり、更には讃題との
称名の並立だったのではないか。

                      続く

2017年9月9日土曜日

慧燈応現法要② ー制定の背景①ー

 こうして制定された常住讃だが、過去半世紀に渡り、唱え
られてきた讃題と併せ、常住讃も根本(こんぽんじゅ)と
されている。こうして真如苑では二つの称名が並立する事に
なった訳だが、根本頌となる称名の並立というのは他の宗派
にもある事なのだろうか?。浅学非才にして寡聞な自分だが
これは世界的に見ても大変珍しい事なのではないだろうか。
 こういった事態について予め8月中に教苑会・総部会・
親苑時報等を通じ教団側から念入りに広報が実施されており
当日の瑞教でも「これは凝縮です」とのお言葉があった。

 しかしながら、敢えて「称名の並立」という少々理解に
努力を要する道を苑主代表が選択したのは何故なのか?。
 もし、讃題を廃すればそれは新時代における開祖の否定に
つながり、このまま讃題のみを選べば苑主が見出した新たな
しかも重大な祈りを伝える必然性を否定してしまうのか…。
東京都の中央卸売市場移転問題で小池百合子都知事の発言
築地は守る・豊洲は活かすにも一見似たような状況に
如何なる意味があるのか?。

 この状況を読解く鍵として、讃題と比較して常住讃から
三宝(仏・法・僧)のうち「僧(伽)=教団」の要素が
取り除かれている事に着目したい。

「…摂受心院死後において苑は栄えてきたが、教化の浸透においては、
 摂受心院の存命中のようにはいかなかった。…」定記より

 組織運営論めいた話だが、どうもリーダーシップというの
は二通りあると思う。組織の内外を俯瞰しメッセージと舵取
を行うトップの役割が一つ。と同時にトップの内面を理解し
組織内にそれを適切に浸透させる、牽引役としての役割。
この二つの役割を担う者が互いに協力し合って初めて組織は
動き出す事が出来る。詳細は伏せるが、これは私自身が教団
と全く関わりの無い所でこういった問題に直面した体験から
述べている。開祖が自分達夫婦の事を「一心同体ですね」と
評された時「いえ、一心一体です」と答えたエピソードを聞
いた事があるが、まこと教団事件終結以後、開祖霊祖が共に
在世の昭和42年までは、教団の運営が安定期にあり、この
真如苑において三宝一体の理が実際に実現していた時期
言ってよいと思う。(昨年荘厳の復建真澄寺・接心道場は、
丁度この時期の教団を再現したものである)霊祖摂受心院が
当時二つに分かれていた讃題を一つに統合する旨、開祖に
願い出たのはこの時期の体験に依るものだったのではないだ
ろうか。
 しかし、昭和42年霊祖遷化以降、教団における内側の
リーダーシップは衰退、平成元年開祖遷化以後この問題は
教団を継承した現苑主代表・真玲姉妹に「定記の取組み」
として引き継がれる事となったが、苑主代表自身をして

「定記の取組みは私達が生きている限り続きます」

と言わしめるほど難しいものであり、その動静は時として
外部に報道され、重要な法要の登壇の際、真玲猊下の沈痛
な面持ちの隣で、苑主代表や教務長が耐えかねた様な表情で
祈る様子が見えた時など、参座の一般教徒までがハラハラす
るような有様だったのをついこの間の様に憶えている。

 この様に苑史を振り返ると、霊祖摂受心院の願いにより
三宝一体に帰依の理によって二つの称名を一つにした讃題
が、昭和42年9月6日に制定されてより半世紀、仏法僧
のうち「僧(伽)=教団」に人を得ず、その本来の宗教的
ポテンシャルを発揮しきれないまま、教苑を次代に継承する
事への大きな懸念が常住讃制定の背景にあったのではない
だろうか…
                      続く

2017年9月7日木曜日

慧燈応現法要 -常住讃制定-

 2017年9月6日、小雨。昨日は大規模停電による鉄道
の混乱や、旅客機の緊急着陸等、大規模な交通機関トラブル
があり、今朝もそれらについての報道が続いている。本日は
予て常住讃制定をいよいよ迎える事となった。
 この常住讃、苑主代表が海外等の一般公開する法要等で
唱え始められたもので、その法要での扱われ方から外向きの
傾向が感じられたため、以前からこのブログの文末の結びに
も、慣用的に用いらせて頂いていたものが、本日改めて公に
制定されたものである。

 メイン式場は応現院御宝前、内陣の登壇席は通常左右二列
づつだが、本日は左右とも三列。真如苑の最高意思決定機関
教議会のお歴々もほぼ全て登壇している様だ。11:00開式、
奉讃文を次期苑主指名の鳥飼尚之教務長が奉読する。読経、
心中祈念の直前の五遍は従来通り。公式の法要ではこれが
最後になるのだろう。読経が終わり苑主瑞教にて全苑教徒
初の常住讃唱和となる。五遍唱和したが一回毎にあるいは
高くあるいは低く唱える音調は、真如苑の今迄の声明にも
見られなかったものだ。併せて、本日の法要で祈念込めた
木札についての説明。先に発刊された親苑時報9月号にも
詳しいが、通常の縦型ではない、正五角形に近い木札の
上部に常住如来の種字を、中央に常住讃を配し、裏面には
開祖霊祖・両童子の夫々のモチーフが描かれているこれは
木札というより、むしろ真如霊界の中核を表した曼荼羅
ではないかと見える。

  定記の取組みが安定して後、苑主代表の阿闍梨の意楽
日本仏教の伝統を尊重しつつみ教えを建立した開祖の唱え
る世界観に則り、真如み教えの独自性をより強く打ち出し
てきたように見える。その行きついた先に今回の常住讃
制定もある訳だが、その祈りは如何なるものなのか…

                     続く